非日常に歌う

にゃ者丸

日常の一コマ、それは誰かにとっての非日常

 風が揺らぐ。微風というやつだ。

 この風が耳を撫でる時の心地好さを、俺は気に入っている。

 これが、何事も無い静かな夜の散歩になったなら、俺は今日という日を平和だと認識できるだろう。


 そう、何事も無ければ。



夜、誰も起きてなどいない丑三つ時。こんな時間に駆り出されることは、まあまああるが、少し珍しいという程度だ。


 表通りの、誰もが寝静まったこの時間帯は、まるで自分がこの世界に取り残されたかのような孤独感がある。


 しかし、寂しくはない。だって、俺は一人でも・・・そこには俺以外の何かがいるから。



「りぃ―――――――――ん」



 聞いていると、夏なら涼しさを、冬なら寒さを感じられる鈴の音。

 そんな鳴き声を上げながら、そいつは表通りに広がる影から浮き上がるように現れた。


 全身をすっぽりと覆う外套、頭を完全に隠すほどの大きな帽子。

 外套の隙間から覗けるものは人のような肌ではなく、どこか無機質な灰色の肌。


 防止には三つの穴が空いていた。三つの穴には炎のように揺らぐ青白い光があった。


 見られている。三つの穴の奥から、何かが俺の姿を貫いていた。



「なんだ、大物と聞いていたから不安だったけど、ただの〝鈴鳴き〟の変異種か」



 ぼんやりと、俺は呟いた。なんでもない光景。

 普通の人間なら正しくない反応。



 眼前の何かは、三メートルを優に超える身長だった。探せば見つかるかもしれないが・・・・生憎、肌が石みたいに灰色の人間なんて、この世には存在しない。

 鈴みたいな鳴き声も上げない。



 奴は正しく化け物だった。そう呼ばれる何かだった。



 見た目が普通の俺が、自分を見て大して怯えたような反応もしないのは、正しくない光景だ。



 ああ、だったら消してしまおう。



 正しくないものはすべからく消してしまおう。



 三つの瞳が、そう俺に告げていた、そう・・・〝鈴泣き〟という化け物が俺に言っているかのようだった。

 俺にはそう聞こえた。



 外套の隙間から、灰色に罅割ひびわれた手がずるりと這い出るように出てきた。



「りぃ―――――――――ん」



 〝鈴泣き〟が、鈴音の如く鳴き声を上げた。


 鳴き声に呼応するように、コンクリートの地面がまるで水のように揺らぎ、蠢く。


 〝鈴泣き〟の周囲を、蠢くコンクリートが渦巻くように蠢きだした。

 コンクリートが、まるで水が跳ねるように激しく蠢く。



 やがてコンクリートは無数の虹を帯びたガラスの如く針へと形を変えて。


 俺に向けて波が迫るように、幻想的な針の一群が襲い掛かった。


 その光景を、俺は人差し指を突き出して、ぼんやりとした目で眺めていた。


「――――――この世にあらざるまがい者、等しく全て無に帰すべし」


 まるで祝詞のりとを歌い上げるように、俺はそれを口から紡ぎ上げた。



 瞬間、不可視の波動が幻想的な針の一群に向けて広がる。

 不可視の波動に触れた全ての針は、ガラスが割れるような音を立てて砕け散り、その全てがこの世界から消え去った。


 否、俺が消し去った。



「――――――?――――――?」



 なぜ、なぜ、なぜ。


 三つの瞳が俺に告げていた。


 〝鈴泣き〟が身体を左右に揺らし、疑問を身体で表現する。



「通じているのかは分からんが、お前みたいな化け物に教える義理なんてねぇよ」



 本当に、この化け物に俺の言葉が通じているのかは分からない。

 だが、一応、言葉に出した方が良い気がして、俺は疑問の答えを話さないという返答をした。



 それが実際に通じたのかは分からない。


 だが、確かな事が一つだけある。


 こいつは恐らく頭がいい。


 通じないと分かったのなら、別の方法で俺を殺そうとする動きを見せたからだ。


 灰色の罅割れた手が、外套に引きずり込まれるように戻っていく。



「りぃ――――――――――」



 全身から針と同様に、虹を帯びた何かが飛び出る。

 それはまるで回転鋸のような形状をしていて、外套の端から帽子の先っぽまで、螺旋を描くように〝鈴泣き〟を覆っていた。


 その見た目はまるでドリルのようで。


 こんな時に何だったけども、俺は小さく吹いてしまった。



 幻想的な鋸が回転を始める。ああ、やっぱりドリルじゃないか。


「ふふっ」


 駄目だな、可笑しくって笑ってしまう。



 〝鈴泣き〟がコンクリートの中に沈んでいった。コンクリートはもはや、〝鈴泣き〟の支配する水になってしまったのだろう。


 全身を覆う鋸を回転させながら、コンクリートの水を掻き分けて〝鈴泣き〟が俺に迫ってくる。


 襲い掛かってくる。



 だが、それでも俺はぼんやりとした目で、その場を動かなかった。



 今度は両手を突き出して、その手を〝鈴泣き〟の身体を受け止めるように広げて、構える。



「――――――この世にあらざるまがい者、等しく全て無に帰すべし」



 〝鈴泣き〟の行動が無駄だと教えるように、不可視の波動が広がる。

 さっきの針と同じように、〝鈴泣き〟を覆う幻想的な鋸は、ガラスが割れるように砕け散る。


 それでも〝鈴泣き〟は留まる事なく、俺に向かって進み続けた。


 ・・・・今さら〝鈴泣き〟の動きが止まる筈もなく、俺は突き出した両手で外套と帽子で隠れる〝鈴泣き〟の首を掴んだ。



(捕まえた)



 内心で呟いた。



 そして、俺は〝鈴泣き〟の首を掴んだまま、三つの穴の奥から俺を見つめる瞳を真っすぐと見つめて――――――――――化け物を殺す歌を紡いだ。




「――――――この世を彷徨さまよまがい者、すべからく輪廻に還りけ」



 祝詞のりとを歌い上げるように、彼の物を苦しみから解放するように。

 そういう願いを込めて、俺はそれを口から紡ぎ上げた。



 暖かな光が、俺の腕を通して化け物の身体を覆ってゆく。

 金にも銀にも白にも見える光が、哀れな化け物を包みこんでいく。



 外套の端から、〝鈴泣き〟を包み込む光と同じような光の粒へと変わっていった。まるで糸が解けるように、禍々しい気配を放つ姿を、無数の光の粒へと変えていく。



 光の粒は天へと消えるように昇って行った。



 三つの瞳が、俺に向けて何かを伝えるように、俺の瞳を貫いていた。




(ありがとう)




 確かに、そう言っているような気がした。

 どこか母親を思わせる慈愛のあふれる女性の声が。



 だが、きっと気のせいではないのだろう。



 何かの過ちを犯して、死んでも死にきれず、この世に縛り付けられて。

 それがやっと解放されたのだ。



 かつて人だった化け物が、来世では幸せな生を送れるように。



 俺はじっと、光の粒へと変わった化け物を、天へと昇り消え行くまで、


 その様を見つめ続けた。




 瞬間、どこか静けさしかなかった世界が切り替わる。



 電灯が付いてなかった店に灯がともるように、大通りに明かりが差す。


 さっきまで誰もいなかった大通りには、まるで世界が切り替わったように、多くの人々に溢れかえっていて。



 突然、切り替わった光景に吐き気が込み上げるが・・・なんとか我慢して俺は喉から出かかった胃の中身を呑み込む。


(気持ち悪い・・・・)



 今すぐここから立ち去りたい衝動を我慢して、俺は未だ自分が人々からを確認し、ポケットをまさぐって携帯を取り出す。


 画面を操作して連絡先を開き、電話を繋げる。



「終わった。これから当たりを巡回してから帰還する」

『――――――』

「ああ、報告書は明日の昼には送信しとく。それじゃあ・・・お休み」

『――――――』



 事務的なやり取りと、社交辞令を終えて通話を切る。


 画面を消して、ポケットに携帯を突っ込んで、そのまま街中を歩きだす。


 もう、俺は人々に認識できるようになっているが、誰も俺に気づく事はない。

 なぜなら、俺の影は薄いから。そもそも、自分から気配を薄くするようにしているのだが。



 何分、俺はまだ学生の身分だ。こんな時間に出歩いていいような年齢じゃない。

 世間一般の常識としては。



 肌寒い空気に身体を震わせて、白い息を口から吐き出す。



「もう秋か・・・・」



 ぼそりと、なんの意味も込めていない言葉が、口から自然と零れる。



 頭の中では、中間テストはどうしようか、今日は何を食って寝ようか、なんて日常的なことしか考えず。



 俺は自分の手で殺した化け物の事を、どうか安らかに眠ってくれとしか考えず。



 夜の街を巡回した。









 これが俺の非日常。普通の人とは違う日常。


 学生の身分であっても、ある程度の力があるせいで時間帯に関係なく呼び出され、化け物を殺す仕事をやらされる。



 だが、別にそれを苦とは感じていない。


 何せ、幼い頃から続けてきた日常の一部なのだし。


 だから、こういう普通の一般的な学生にあるまじき行動も、普通に受け入れてしまっている。



 力の無い普通のとっては非日常でも、俺にとっては日常の一部。



 これは、そんな俺の日常の一コマを描き、紡いだ物語。



 特に世界を救うだとか、国を救うだとか大それたことはやらず。


 自分の手が届く範囲のこの街を、化け物たちから守るだけ。


 ただ、それだけの日常なのだ。



 きっと、明日になったら俺は学生として学校に通い、友人と他愛もない話をして、勉強をしてテストに励むのだろう。


 それでも、一度呼び出されてしまったら、俺はそうした日常から非日常へと移り変わる。



 俺はそうして、日常と非日常を行き交いながら、この街を守って学生をやっている。



 さて、ここまでの俺の非日常を見たあなたは、身近にいるだろう非日常を受け入れる事ができるかな?


 機会があれば、また俺の非日常をお見せしよう。


 今回はここまで、次回はどうか分からないけど、決まり文句として言っておこう。



「また、どこかで――――――・・・・・」




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