手を伸ばせば、そこが一番近い場所

 「そうだよ。でもぼくが再現・・・いや、叶えたかったのはまだこれからだよ」

 そう言うと要は「いいかな?」と小声で聞きながら手を伸ばした。わたしはそれを受ける形で要の手を握った。何十年かぶりにふれる要の手は、あの頃のような柔らか「さはなかったが、わたしの手を掴んで離さない力強さがあった。わたしは熱くなる手が、要の体温と織り交ざる感覚を楽しんだ。

 そのまま要に連れられて部屋の中央に立つと、要がもう一方の手を伸ばしてわたしの手を掴んだ。さらに深く要と交じり合うような感覚にわたしは心が踊るのを感じた。

 「道子。これからちょっと不思議な感覚を覚えると思う。でも安心して欲しい。絶対、大丈夫だから」

 なにが起こるのかも、なにが大丈夫なのかも全く分からないが、それでもわたしは「うん、あたしは大丈夫」と気丈に振る舞った。

 要と手を握っていられるなら、大丈夫。

 安心した様子の要がゆっくりと、ダンスのステップを思い出しながら踏むようにゆっくりとわたしを引っ張ると、わたしは指先から腕にかけて重力が軽くなるような不思議な感覚を覚えた。

 一歩引いて、半回転する。

 本当にダンスを踊っているかのような動きに合わせて、互いの部屋の境界線上に立つと、体全体にあの不思議な感覚が走った。それに伴い、わたしたちの体は宙を舞った。はじめは飛ばされているのかと思ったが、わたしたちの体ははじめからそこと決まっていたみたいに空間の中心で浮いたまま静止した。

 その間も、部屋自体はゆっくりと回転を続ける。そうしてみないとこの部屋が回転を続けているとはきっと気が付かなかったと思う。

 「道子、いやここは道子ちゃんと呼ぶよ。いいかな?」

 はにかんだ要がわたしに問う。こんな状況でお願いするなんてズルいと思った。混乱しているのもあるし、こんな不思議なシチュエーションでそんな些細なことを気にするのはナンセンスだもの。

 「いいよ。どうしたの・・・要」

 わたしは急に心臓が落ち着かなくなる。こんなのまるで・・・

 「ずっと、言いたかったのに言えずにいたことがある・・・。わざわざこんなところに呼び出して言うのは、卑怯かもしれない。きみはもう既に、もうぼくなんか頭にはないのかもしれない。もう遅・・・

 「遅くなんかない!」

 わたしは声を張り上げ、掴んだ要の手を握りしめた。

 「いいよ、要。お願い、要の言葉で聞かせて」

 要がようやっとわたしの目を見てくれた。

 遅くなんかない。

 口を開いて、想いを言葉にする。

 わたしは嬉しいよ。

 「道子ちゃん・・・」

 だから、要の言葉で聞かせて欲しい。

 「ぼくと・・・」

 要の気持ちを。

 「付き合って欲しいです。ずっと、前から好きだったんです」

 まるで子供の告白みたい。でもそれが要。

 わたしの好きな人。

 「はい。わたしもずっと、好きでした・・・」

 互いを引き寄せ、抱きしめ合う形のまま体勢を変えると先ほどまでの重力の変化が消え去り、ゆっくりと部屋の床に足が着いた。

 そこにはもう目に見えない境界線はなくなっていた。無意識のうちに引いていた心の境界線はもう、ない。

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近くて遠い部屋 ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬) @Stupid_my_Life

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