第170話 鈴の音の響く神社にて…。最終話。
西暦2222年4月、日本の元号だと天照(あまてらす)元年、
早苗実業学校高等部普通科。
1年A組に大橋修という男子生徒がいる。つまり、俺だ。
4月8日に入学式が終わってその翌週…つまり今日から授業開始になるのだが、
まず最初に入学式の後に紹介があった岡本章(あきら)とか言う、
太宰治みたいな男の教師によるHRから全てが始まるはずである。
まあ、そんな事はどうでも良い。男の教師なんぞに大した関心はないし、
それよりもどんな連中とクラスメートになるのか、それの方に
興味深々というところだ。特に女子生徒に…。
この高校に入るには、かなり厳しい受験戦争を勝ち抜かねばならず、
中学時代に通っていた塾から受験した30名の内、合格したのは俺と、
小学校時代からの腐れ縁、緒賀竜彦のふたりだけだ。
あの何かと言えば…ロッケンロール、イェ~イ!などと語尾をつける
くさりジャラジャラのヘビメタ野郎が、なんでこの学校に合格したのか
良くわからんが、考えてみれば、奴は小学校の頃から地頭だけは良かった。
世の中には大して努力なぞしなくても何とかなる、そう、教科書を
さらっとなぞっただけで、全て頭に入る様なけしからん輩がいるが、
あいつは確かに昔からそういう奴だった。
その腐れ縁、緒賀竜彦が偶然自分のすぐ後ろの席にいるというだけで、
この世は広いんだか狭いんだか、良くわからんものだと考えていた所、
突然教室のドアが開かれ、教室に1人の女性が入って来た。
その瞬間教室全体が騒めく。そう、やせ型の長身、キザな感じで
洒落た紺色の着物を着流した、長髪髭面(ひげづら)の…
岡本章とはまったく違う人物だったからだ。
先生らしきその女性は教壇に立つと、落ち着いた優しい口調でこう言った。
「このクラスの担任を拝命しました如月雪音です。最初の挨拶なので、
元気良くお願い致します。起立…礼!」
クラス全員が起立した後、礼をする。
「岡本先生は急遽生徒指導係をやる事になり、
代わりの担任として、私が着任しました」
如月雪音…と、先生は、電子黒板に自分の名前を大書した。
まるで書道家が書いたかの如く力強く美しい文字である。
まあ、文字もそうだが、びっくりしたのはその容姿である。
どう見ても高校生、いや、下手をすると中学生と
言っても通用しそうである。小柄で華奢、透き通る様な色白の肌、
長い綺麗な黒髪、それに可愛らしい白のワンピース姿である。
どこかのアニメに出てきそうな美少女キャラ…巫女キャラ。
おいおい、まじかよ…。これが俺の第一印象だった。
「私はこのクラスの担任の他、授業としては日本史とAI技術概論を担当しますが、
この学校の独自科目である教養も担当します。
クラブは文化会の料理部顧問、軽音部の副顧問になります」
雪音先生は駆け足で説明すると、更に続けた。
「今日は最初のHRなので、この後順番に皆さんの自己紹介をして頂きます。
名前と出身校、それからひと言抱負をお願いします。それともうひとつ、
来週か再来週になりますが、このクラスには2名の編入生が入って来ます」
「先生、その編入生って、男ですか?女ですか?日本人ですか?
帰国子女ですか?」クラスの男子生徒のひとりが質問した。
「日本人の双子の女の子です。帰国子女ではありませんが、
こういう学校に来るのは初めての様なので、皆さん、仲良くして上げて下さい」
おお~!と主に男子生徒から大きな歓声があがる。
「所で先生は何歳なんですか?」さっきと同じ男子生徒が続けて質問した。
「初めて会う女性にぶしつけに年齢を聞くものではありません。
皆さんより年長であるとだけ答えておきます」
雪音先生はすました表情で答えた。
「え~ほんとかよ~」また主に男子生徒のどよめきが起こる。
「それでは自己紹介を始めて下さい」
そう、こうして…出席番号順に自己紹介が始まった。
「おっさん、あんな美少女みたいなクラス担任に双子の姉妹の編入なんて、
いきなり超ラッキーだぜ!イェ~イ!ロッケンロール!」
軽く万歳しながら後ろでほざく緒賀竜彦に、
「いいから、いきなりはっちゃけるのはやめろ、それから俺はおっさんではない」
振り返った俺は迷惑そうに奴に言った。
俺は自己紹介は簡単に済ませるつもりだったから、趣味は楽器、
主にベースギターで、軽音楽部に入るつもりとだけ言った。
50音順で出席番号が近い為、俺に続いて緒賀竜彦の自己紹介がはじまる。
「名前は緒賀竜彦。瀬戸田中出身。趣味はギターとロッケンロール、
それと宇宙の真理を追究する天体観望!
好きなギタリストはリッチー・ブラックモア。
将来の夢は自分のバンドでワールドツアー!」
頭が痛くなってきた…。
それにしても、この雪音先生の担当する教養授業は週にひとコマだが、
教養って、何をやるんだろう。
まあいいか、それはそれで面白そうだ…。
雪音先生の綺麗な声が心地よく響く。暖かな春風に吹かれ、桜が香る。
こうして俺の高校生活が始まろうとしている。
HRが終わって、教室を出ようとした俺と緒賀は、雪音先生に呼び止められた。
改めて雪音先生を間近に見ると、その可愛らしさが一層際立つ。
【しかし、近くで見ると本当に美少女だなぁ~】
大きな瞳、透き通る白い肌、キラキラとした美しい、長く綺麗な黒髪、
女の子らしい、甘い良いにおいもする。
【いかん、いかん、これは邪念が高まるわ…】
思わず妄想する俺をよそに雪音先生はいきなりこう言った。
「大橋君に緒賀君、お久しぶりですね」
「え?」と、俺は思った。
俺は雪音先生とは今日が初対面のはずなのだが…。
俺と緒賀がふたりで驚いて顔を見合わせていると、
雪音先生が可愛らしく微笑みながら言った。
「これは失礼致しました。確かにいきなりではわからないですよね。
でもその内、何となくわかってくると思います。
悠久の時の流れの中で、出会いと別れは表裏一体のものだからです。
ところで大橋君と緒賀君は、学校の傍にある如月神社をご存じですか?」
学校の傍にある如月神社…今から100年程前に創建された割と新しい神社だが、
大変な御利益がある事から、僅かの間に多くの末社が
全国に建立された事で知られている。
祭神は、【鈴音姫命(すずのねのひめのみこと)】。知恵と縁結びの女神であり、
受験や恋愛、争い事の仲裁、芸事や武術などの習い事、
商売繁盛にもご利益があるとされる。
「まだ行った事はないですが、学校の傍の如月神社なら知っています。
それが何か関係しているのですか?」
俺がそう言うと、雪音先生は微笑みながら話を続けた。
「そうですね。今日、学校が終わったら、帰りに緒賀君と一緒に
お参りに行くと良いと思います。きっと素敵な御加護を賜れると思いますよ」
雪音先生にそう言われたその日の放課後、俺は緒賀とふたりで、学校から歩いて
10分程の場所にある如月神社に行く事にした。来て改めて見ると、
こじんまりとした中にも大きな檜のご神木が立っており、
良く手入れされた、小さいが小綺麗な森の中に立つ鮮やかな朱色の御本殿…
厳かな雰囲気だ。一礼をしてから鳥居をくぐり、手水舎(ちょうず)で
手を洗って口をすすぎ、順路を進むと神社の由緒書きがあった。
【如月神社】(きさらぎじんじゃ)
御祭神 鈴音姫命(すずのねのひめのみこと)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
【いにしえより天皇家に仕え、皇統の維持発展に多大な貢献をなした姫神に対し、
光世七十八年(西暦2121年)、時の光世天皇は正二位の位を与えると共に、
姫神をこの地に鎮座させ給う。
同時に宗方三女神の一柱であらされる市杵島姫命も勧請し給う。
皇室並びに日本国臣民の守護安寧を司り、知恵を授け、人の縁を結び、
商売繁盛、芸事の上達、海の守護、安全にご利益これあり】
「なるほど、これから高校生活を送る俺たちにとっては、
もってこいの加護をもっている女神様だな。
雪音先生に言われた通り、お参りするとするか…」
「そうだな、早速神前でロックギターの早弾きを披露…」
「アホ、そんな事いきなりやったら祟られるぞ」
「それもそうか…」
俺と緒賀はそう話すと、本殿の鈴を鳴らし、
型通り、二礼二拍一礼の形式でお参りをした。
その最後の礼が終わった直後…どこからか【ちりーん】と、
言葉ではとても言い現わせない様な、美しい鈴の音(ね)が響いた。
そして、どこからともなく【お帰りなさい】という、
これまた美しい、優しい、女性の声音(こわね)が聞こえた。
「なあ、今、鈴の音と、何か女の人の声が聞こえなかったか?」
俺が言うと、「おお、お前もか?空耳じゃないんだな?」
と緒賀の野郎も言った。
「なるほど、これは雪音先生が言った通りのご加護がありそうだ。
せっかくだからおみくじも引いていくか」俺がそう言うと、
「当たり前だベイベー、おみくじはロッケンロールだからな!
あのスリルがたまらん!」と緒賀の奴も答えた。
そんな訳で、本殿から少し歩いた所にある、おみくじやお札を売っている
授与所(じょよしょ)に行くと、ひとりの美しい、若くて小柄な巫女様が
受付をしていた。近くまで行ってその顔を見た俺と緒賀は驚く。
そう、その少女の顔は、あの雪音先生と瓜二つだったからだ。
「え?ゆ、雪音先生?なんでこんな所でお札売ってるんですか?」
俺が思わず声に出すと、
「なんじゃ、大橋殿。私の顔を忘れたのか?天音じゃ、天音。雪音姉様の妹じゃ」
と、その巫女様は、少し残念そうに美しい声で答えた。
「まあ、随分時が経ったからの、無理もないか…。
それで、もう母上様には詣でてきたのじゃな?」
そう聞かれて一瞬ポカーンとした俺だったが、それにしてもこの感じには、
何か強烈な既視感があった。昔…今と似た場面があった様な…。
俺は何も言わないまま、素直に頷いた。
「そうか。では、お札を買って、おみくじも引くと良い。
きっと良いご加護が得られるであろう。この天音が保証するぞよ」
こうして俺と緒賀は、雪音先生にそっくりな、美しい、
天音という巫女様からお札を買い、おみくじを引いた。
俺がおみくじを開くと、それにはこう書いてあった。
【人の一生、水晶玉のひと影、嘆き、驕りも瞬時の欠片(かけら)。
風なりに、僅かな一生なびかせて、せめて、ここちよさそうに】
何事にもまごころを持ち、優しさを忘れず、誠心誠意励むならば、願いは届く。
【末吉】
読み終えた俺が、そのおみくじを近くにあるおみくじ掛けに結んでいると、
一筋の暖かな春風と共に、また、【ちりーん】という鈴の音(ね)が聞こえた。
その鈴は、本当に心地よさそうな音色で響いていた。
その日、空は雲ひとつない青空で、どこまでもどこまでも澄み渡っていた。
【完】
八百比丘尼~鈴音先生の不思議授業! 白狐姫と白狐隊 @hayasui
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