最終話 化学の日


 ~ 十月二十三日(金) 化学の日 ~

 ※潜移暗化せんいあんか

  周りの影響で、いつの間にか

  考え方が変化している




 七不思議。

 どんな学校にでもある。


 信憑性もない与太話。



 そう。



 信憑性なんて。

 どこにもねえ。



 超常的な物なんて。

 校内のどこにもなく。


 今までと何も変わらない今日が始まり。

 今までと何も変わらず時は進む。


 何も変わらない、いつもの授業風景。

 何も変わらない、いつもの隣の席。


 でも。


 今までは口にしなかった言葉をささやいて。

 俺を不安にさせるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの



「陶芸、やるの?」


 同好会か。

 名前だけなら貸してもいい。

 確かに、そうは言ったけど。


 正直。

 何かに縛られるのは俺の思うところじゃない。


 自然に、そうなる時。

 俺は部活に入ることになるんだろう。


「……今は、そうは思わねえな。おっさんのとこにはこれからも行くだろうし、興味あるから焼かせてもらいてえとは思うけど」

「ふうん……」


 以前、こいつが言っていた。

 部活をやるなら同じところにしたい。


 そんな思いが感じられない。

 気のない返事。


 ウソが付けないこいつなら。

 かつてのこいつなら。


 俺が、部活に入らないと言った事に。

 喜んでいただろう。



 季節は移ろい。

 空の色は今日も鈍い。


 俺たちの心も。

 変化するのが当然なのか。



「……そういえば。お前、茶道部に入らないかって言われてたろ?」

「た、保坂君も入る?」

「俺は興味ねえ」

「じゃ、じゃあ……。どうしようかな……」


 以前から、ほんの一文字変化した呼び方。

 急な変化を受け入れるはずの無かった秋乃が。

 即断できずに首を揺らす。


 なんでもやってみたいというパーソナリティーが。

 今までの心情を上回り始めている。


「お、同じ時、サッカー部入ってって、頼まれてたよね……」

「運動部は無理だな。時間の拘束がハンパねえ」

「わ、私は興味ある……」

「え?」


 そしてとうとう。

 こいつは、新しく芽生えた心情を口にした。


「補欠でボール磨きばっかり上手い保坂君」

「うは、ごほっ!」


 お前が入るんじゃないんかい!

 しかも俺、補欠かよ!


 危うく笑いかけちまったが。

 油断ならねえなお前は。


 そういうとこだけは変わらねえ秋乃だが。

 でもやっぱり。

 こいつに、変化があったことは間違いなかったようで。


 笑いかけたのを誤魔化して。

 先生の視線から逃げるように。

 パラガスの陰へと隠れた俺に。



「……化学部、入る」



 ぽつりと。

 なぜか寂しそうに。


 黒板の方を見つめながら。

 とうとう、宣言した。



「………………そうか」



 あれほど。

 部活をするなら一緒じゃないと不安だと言っていた秋乃が。


 潜移暗化せんいあんか

 小さな秋の事件を経て。

 成長する。



 まあ。



 成長したのは。


 心じゃなくて。



「化学部、入る」

「うん」

「保坂君が」

「うはははははははははははは!!!」


 俺を笑わせる。

 才能だった。



 まさかの不意打ち。

 いや、お前さっきから。

 俺を部活に入れた過ぎ。


 結局、お前自身は部活に入りたくないのか?

 変化したわけじゃないのか?


 首をひねりながら席を立つ俺に。


 この秋で。

 心境に変化が訪れた。


 この人からの声が届く。


「……今のは舞浜が悪い。立っとれ」


 あまりのジャッジに。

 クラス中が騒然。


 秋乃が廊下へ出た途端。

 悲鳴にも似た声に変化したが。


「騒がしい!」


 先生の一喝により。

 あっという間に静かになって。


「そして今の騒ぎは保坂のせいだ。立っとれ」


 見事なオチに。

 湧きあがる拍手と大笑い。



 なんという横暴。

 なんという薄情。



 俺は腹を立てながらも。

 言われるがまま、廊下に出ると。


「……立たされ部?」


 秋乃の一言に。

 怒りゲージがマックス。


 必殺・おでこにこんにゃろチョップが発動した。


「痛い……」


 そう言いながらも。

 楽しそうに微笑む秋乃。


 こいつの笑顔を見ているうちに。

 なんか、安心して。


 思わずついたため息につられて。

 こんな言葉が口から転がり落ちた。



「部活、入りたかったら入ればいいじゃないか」



 ……思えば。

 こんな好奇心の塊が。


 帰宅部なんておかしな話。


 好きなことを思いっきり。

 俺が枷になって、そんな当たり前の夢を諦めて欲しくはない。


 でも、秋乃は仮面と本心をない交ぜにした。

 不器用な笑顔を向けながら。


「た、保坂君と一緒じゃないと……」


 両手の指先を。

 あごのあたりでくっ付けつつ。


 上目遣いに。

 そう言ってくれた。


「…………ふうん。そう、か」

「そ、それより、入ってみたい部活無い……、の?」

「それがさ。大抵俺が興味あるもんは、お前が興味ねえからな」


 まあ、これは興味の問題ではなく。

 時間的拘束の問題。


 こいつは、物珍しくてディープなことが好きで。

 俺は、好きな時にちょっと触れるだけで満足。


「ス、スポーツとか……、奥深いよ?」

「それは時間に融通が利かねえからパス」

「じゃあ、研究とか工作系の部活……」

「単純に拘束時間が長い」

「なら、趣味とか芸術とか……」

「そう。おれはそういう簡単なもんなら好きだが」

「わ、私は、ちょっと物足りない……、かも」


 そうなんだ。


 だから。


「お前の好奇心を満たして」

「じ、時間に融通が利く……」


 そんな部活。

 あるわけ無くて。



 だから。



 今が。

 自然にそうなる時ってわけか。



「じゃあ、ひとつしかねえじゃねえか」

「ほんと……、ね」


 そう。


 俺たちが部活を始めることは。


 きっと。


 自然なことだったんだ。




 ……移ろいゆく季節を。

 寂しがるのは、もうやめよう。



 変化の先には、きっと。

 楽しい未来が待っているはずだから。



「でも、化学部じゃなくて良かったのか?」

「うん」

「まったく未練無し?」

「微塵も」

「じゃあ、早速申請しねえと。……最初はどこを探検する?」

「化学部」

「うはははははははははははは!!!」


 やれやれ、しょうがねえな。

 どうしてお前は、そう俺を笑わせる。


 でも、そんなお前となら。

 きっと楽しく部活探検できるだろう。



 俺は。

 秋乃の手を引いて。



 新たな世界へと。

 足を踏み出した。




「やかましいぞ! 屋上に……、おや?」


 ……もう。

 向かってます。


「だから俺のセリフを取るなと言っている!」





 秋乃は立哉を笑わせたい 第6笑

 =友達と、謎を暴いてみよう!=


 おしまい♪




 ……

 …………

 ………………



 変化。


 そうか。


 人は、変化するのか。



 急な変化は望まない。


 でもゆっくりと。

 確実に変化する秋乃が。


「たつ、保坂君は何の実験するの?」


 屋上の扉を開いて。

 さっきまでの曇り空を、笑顔で吹き飛ばしながら聞いてきた。


「そうだな……」


 俺の研究対象。

 そいつはどうやら。


「決まった?」

「おお」


 おまえを、どうやったら。

 無様に笑わせることができるかってことだ。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第7笑

 2020年10月26日(月)より開始予定!

 どうぞお楽しみに!


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 秋乃は立哉を笑わせたい 第6笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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