平安遷都の日
~ 十月二十二日(木) 平安遷都の日 ~
※
ほぼ、実現不可能な事
平安京へ遷都した。
その理由。
奈良に拠点を持つ貴族階級の権勢を削ぐための。
長岡京への遷都。
そこで起こったクーデター。
相次ぐ災害や不穏な出来事。
あらゆる人の思惑が吹き荒れた後。
誰もが自らを戒めると。
まるで自分がそこにありたい。
そう物語るかのように。
都は自然と移動して。
安らかに落ち着いた。
それが平安京だと。
俺は、何となく思っている。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「……すいません、丸一日も思い悩ませて」
「大丈夫よ? でも、心配しなくていいって言ってたけど……」
「どゆこと?」
竹林を抜ける秋風には、既に重みが無く。
ただ乾燥した冷たさと共に。
冬の準備を始めなさいとばかりに。
カサカサと鳴る警笛を吹きながら通り過ぎていく。
でも、そんな寂しい光景とは裏腹に。
もうもうと煙を吐く窯が、熱のこもった口を開いて出迎えてくれた広場は。
俺たちに。
暖かい笑顔を運んでくれた。
「カンナ!」
ネコはこたつじゃなくとも。
暖かいところでまるまるもの。
窯のそば。
いつか見た皿の前で寝そべるネコが。
そばに駆け寄る、元飼い主を。
感慨も無く。
生あくびでお出迎え。
「……すいません、迷惑かけて」
「別に何とも思ってねえよ。順番だから当然だ」
「順番?」
「学生なんて、おっさんに迷惑かけて育つもんだ。……次の世代に迷惑かけられるために、な」
「じゃあ……、女子は?」
「ばかやろう。俺はこう見えてもフェミニストだ」
そこまで言うと。
俺の返事を手で制して。
窯の様子を確認し始めた作務衣のおっさん。
ごりっ。
ごりっ。
炭を火かき棒で掻き出すと。
音に驚いたネコが何匹も窯の裏から逃げ出した。
「え……?」
黒にトラ。
茶にまだら。
雛罌粟さんの目を丸くさせたネコたちが不平を鳴らしてにらむ相手が。
革手袋を外しながら。
ようやくこっちに向き直る。
「ご無沙汰しています、先生……」
「すまん、前に会ってたか? 覚えてねえが」
黒く汚れた顔を手拭いでひとしきりこすったおっさんが。
雛罌粟さんに、軽く手を合わせて謝ったあと。
「で? 言われた通り何日か小屋に閉じ込めといたが。お前さんの希望は叶ったのか?」
「まあ、多分」
そりゃよかったとか言いながら。
俺の頭をひと撫でして地べたに座った。
「こら! その真っ黒な手で何すんだ!」
「知らんのか? 十日町界隈では無病息災を願うために雪に炭を混ぜて……」
「薬師堂の『すみ塗り』かい! あれは顔に塗るもんだろうが!」
「……そりゃ失礼」
まあ、自分で蒔いた種だが。
改めて塗り直すんじゃねえぞこの野郎。
「こんのくそおやじ……」
「俺の世代じゃ、良く焼けてるほうがモテたんだ」
「言いてえことはそれだけか」
「……女子は」
「言いてえことはそれだけかっ!!!」
事情を知ってる、俺とおっさんは。
こんな調子で大騒ぎしていたんだが。
「え? え? え? どゆこと?」
「ここがネコたちの、秘密の家だったわけ?」
先輩二人は大パニック。
でも、もう一人。
瞬時に事情を把握した天才。
真相をぴたりと言い当てる。
「……武志さん、お芝居?」
「正解。驚くほど頭いいなお前」
「なんで……?」
「そんでそこが理解できねえのな」
呆れながら秋乃をにらんだ俺の両側から。
先輩二人が襲い掛かる。
「ちょっと教えなさいよ!」
「答えなさい」
やれやれ。
面倒だな。
「こいつらは、餌付けされたノラだ」
「え?」
「ここでエサ貰ってんの?」
「ここでは、たまーにだろうな。普段は用務員室」
ここまで説明してやると。
雛罌粟さんは、訳をすべて把握して。
「そう……。保坂君、ありがとね?」
少し涙ぐみながら。
俺に微笑みかけてくれたんだが。
「ちょっとちょっと! あたしだけわかんないって!」
胸にカンナらしきネコを抱いて。
膨れる六本木さん。
すまん、どうしてもお前だけは。
救うことが出来なかった。
だって、唯一。
二人の望みだけ。
相反するから。
「……悪い。そいつを放してやってくれ」
「え?」
「こいつが選んだ場所なんだ。ヒトの都合で、あっちゃこっちゃ連れまわすのは良くねえ」
「でも……」
理性ではわかっているのに。
どうしても納得がいかない様子の六本木さん。
そんな先輩の心に出来た氷を。
おっさんの言葉が優しく溶かす。
「……陶芸も同じ。器は、俺の思い通りには焼けない。自分がなりたい色になって、窯から出てくるだけ」
さすが年の功。
上手いこと言いやがる。
それぞれが。
それぞれ思うところはあるけど。
でも、どれだけの距離があるのか分からねえが。
逃げ出してまで帰って来たかった場所。
本能に近いものなのかもしれねえけど。
俺も、おっさんと意見は同じだ。
「でもさ。まだ、少し足引きずってるけど平気かな?」
「そうね……。もうすぐ冬なのに……」
「大丈夫だろ。冬は例年通り、用務員室でエサ食うんだろうし」
「あ……。そうね」
「え? なんで?」
うそだろ?
まだ分からなかったのかよ。
「……そして、なんでお前まで不思議顔してるんだよ」
「だって……、なんでこんなことしたの?」
「いいじゃねえか。お前の推理は当たってたんだから」
世間ずれ。
何日かかるか分からんが。
学校ってとこじゃ。
ノラを飼っちゃいけねえってことを教えてやらねえと。
……そして。
ネコなんてどこにもいなかったって言うように洗脳しねえと。
――火が落ちて。
急に涼しくなった広場の風は随分と澄んでいて。
これにて一件落着。
こともなし。
そんなことを考えていた俺に。
「……保坂君、陶芸に興味あるの?」
雛罌粟さんが。
変なことを言って来た。
「あるけど。なんで?」
「だって、この場所を知っていたから」
「まあ、確かに興味があって来たんだけど……」
「いい先生もいるし。同好会を復活させてくれないかなって」
同好会。
部活、か。
この四週間。
俺の中で起きた変化。
自分自身、驚きながら。
以前では考えられなかった返事が。
俺の口から転げ落ちる。
「ふうん……。一度も来ねえかもしれないけど、名前だけ貸そうか?」
そんな曖昧な返事に喜んだ雛罌粟さんとは対照的に。
おっさんは、溜息まじりに首をボリボリ掻きながら。
「それは、君がそうなりたいから言っているのかい?」
「分からねえ」
「じゃあ、同好会とか関係なく。焼きたくなったら来るといい。……陶芸と一緒だ」
「…………やりたくなったら」
「そう感じたら、そうなるだけ」
なんだかかっこいいこと言いやがるおっさんは。
よっこら立ち上がって尻をはたく。
座りたくなったからどこにでも座る。
飽きたから立ち去ろうとする。
「……それが陶芸?」
「そう考えなけりゃやっていけねえくらい失敗作しかできねえんだよ」
「は?」
あれ?
いい話じゃなかったのか?
おっさんは、唖然とする俺の前で。
洗浄を終えた作品を一つ手に取ると。
「……駄作」
がしゃんと地面にたたきつけて。
みんなの背筋に冷たいものを走らせた。
散らばってしまった。
無残な欠片。
なんとなくもの悲しさを覚える光景に耐え切れなかったのか。
秋乃が欠片をいくつか拾い集めて。
先生を見上げた。
「……ああ、びっくりさせたか」
「び、びっくりとかじゃなくて……」
「でもな? 俺はこれをやりたくて陶芸家になったんだ」
冗談なのか本気なのか分からない返事に。
秋乃は悲しそうな顔で首を振る。
「……そうか。お嬢ちゃんには悲しいことなのか」
「はい……」
世間知らず。
感性のズレ。
そんなせいで、忘れてしまいがちだが。
こいつはやっぱり。
底抜けに優しい。
秋乃らしい返事に。
みんながほっこり笑顔を浮かべる。
そう、舞浜秋乃というやつは。
誰かを笑わせる天才だ。
「…………私がやりたかったのに」
「「「わはははははははははは!!!」」」
冷たい風が、俺たちの笑い声に驚いて足を止めると。
南からそよいだ温かな風に押されて逃げ出した。
そう、こいつはやっぱり。
誰かを笑わせる天才だ。
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