あかりの日


 悪い事をするたびに。

 誰だって思う。


 早く謝らなけりゃ。

 隠せば隠すだけ言い辛くなる。


 でも、そんなの分かってても。

 どうしても言えねえ。


 だってこれは。

 大人だって悩む事。



 二人が。

 いや、ひょっとしたら他の誰かも。


 それぞれが抱えた。

 いくつもの。

 生き物にまつわる罪。


 さて、誰を救って。

 誰を切り捨てたもんかと。

 考えに考えたけど。



 どうにもこうにも。

 一人だけは救えねえ。



 でもまあ、許してくれよ。

 俺も生き物についての罪を。

 一緒に背負うことになるわけだし。


 それで足りなかったら。

 美味いもん作ってやるから。




  ~ 十月二十一日(水) あかりの日 ~

 ※光芒一閃こうぼういっせん

  状況、事態、そんなのが瞬時に変わる




「ネコじゃない」

「ネコじゃない」


 部活探検同好会。

 最後の活動。


 とは言えやっていることは。

 部活探検とは何にも関係ねえ。

 ただの推理小説のクライマックス。


 まあ、もともと。

 七不思議を調査してただけだし。


 何でもありな同好会だと思うとしよう。



 放課後の、人影まばらな廊下の突きあたり。

 例の鏡の前で。


 おずおずと、でもはっきり。

 自分の推理を披露する名探偵。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「いいえ……。全部、ネコのしわざ……」

「ハツは違うだろ」

「そ、それもネコのしわざにしちゃうといい……、にゃん?」

「うはははははははははははは!!! にゃんじゃねえ!」


 ちょっと可愛い仕草したって騙されねえぞ?


 しかもお前、ハツ戻しに行ったと思ったら。

 今度はレバー改造しようとして持ってきちまってるじゃねえか。


「で? ネズミがネコになっても変わらねえし。それだけだったら帰るぞ俺は」

「ほ、ほんとにネコ……」

「ネコじゃない」

「ネコじゃない」

「ほら、先輩二人もそう言ってるし」


 俺の嫌いな多数決。

 でもここは。

 こればっかりは。


 俺が否定しねえとシナリオが破たんする。



 ……校内では、時々見かける言い争い。

 でも、この二人が誰かと言い争う姿なんて珍しいんだろう。


 三年生が、ぽつぽつと集まって。

 雛罌粟さんたちを擁護するその視線が。

 多数決の票数に置き換わる。



 さすがに多勢に無勢。

 我を通すのに窮したんだろう。


 むきになった秋乃が。


 俺も知らぬ間に準備していた。

 切り札ワイルドカードを切った。



「多分、だけど……、ね? いる場所も分かる」

「うそ」

「うそよね?」


 秋乃のセリフに。

 目を丸くさせた先輩二人。


 そのリアクション。

 二人は居場所を。

 知らなかったみてえだな。


「ご、ご案内して……、も?」

「ううん? 必要ないない! だって、保坂君じゃないけどネズミがネコになったところで変わらないし!」

「どこだかわからないけど、危ないところに立ち入るのは元副会長として見逃すことができないわ」


 そして意地でも隠し通そうとする先輩方に対して。

 秋乃が、もう一枚のカードを場に出すと。



 驚くようなコンボが発動した。



「多分、その場所にいるネコの名前は……、カンナ」

「うそっ!? どこにいるの! 案内して!」

「え!? だ、だめよ瑞希! ……ん? カンナ?」



 急に真逆のリアクションを取ったかと思うと。

 言い争いを始めた二人に。


 今度は。

 秋乃が目を丸くさせる番。


「どういうことよ瑞希!」

「あ、あのね!? ほら、この間さ! チョウザメ飼ったら大儲けって話したじゃない?」

「してないわよ! あなたどれだけキャビアにこだわりあるの!?」

「だって一度しか食べたこと無いけどあれめちゃくちゃ美味しくてさ!」

「誤魔化さないの! ……で?」

「へ?」

「で!」

「…………逃がしちゃいましたあああああああああ!!!」

「ええっ!?」


 面白漫才からの。

 衝撃発現。


 六本木さんが。

 告白できなかった罪。


 なるほど。

 何でも打ち明けることができる友人同士でも。


 生き物についての罪は。

 告白することができないってわけだ。



 それは妙に腑に落ちる話で。

 雛罌粟さんも、怒りを鎮めて。


 六本木さんの頭に。

 優しく手を乗せる。


「そうだったの……。じゃあ、会いに行かなくちゃいけないわね」

「葉月ぃぃぃ。ごめんね~?」

「いいのよ。……もう、これだけの証人に見つかったら逃げ道ないけど」


 そしてこれは。

 先輩方二人の罪。


 いや、そうじゃねえか。

 きっともっと前。


 多分だけど、もっと多くの方の罪。



 どうやら校内で。

 勝手にネコを飼っていたようだ。



「……じゃあ、秋乃。案内してくれよ」


 そして、先頭を歩く秋乃に。

 従う俺たちと。


 事情もよく分からずに。

 何となくついて来る多くのギャラリー。


 これだけの目に見られて。

 隠し通せるはずはない。


 どんな事情があったって。

 校内で、許可も取らずに動物飼ったらだめだよな。


 ネコぐらい、許可取れそうなもんだと思うけど。

 でも、たとえばその辺のネコを餌付けしちゃいましたとか。


 許可が下りねえような理由があるから。

 そうしたんだろう。



 ……夕焼けの朱が物悲しさを際立たせる階段。

 悲しい未来を想像させる道を下りながら。


 六本木さんが、秋乃に話しかける。


「なんで一度も会ってないのにカンナの事分かったの?」

「き、帰巣本能……」

「え?」


 やれやれ。

 さすが天才。


 あれだけの情報で。

 よくもまあ辿り着いたこと。


「七不思議……、ずっと前からあって。でも、しばらく噂は無くて、最近また出始めた……」

「え? え?」

「そ、それで、お車の中で、『カンナ』さんに会うというのを慌てて拒否なさっていたので……」

「え? え? え?」

「七不思議の犯人はネコだと思っていたので、何となく結びついて……」

「それでカンナの仕業って推理したの!?」

「あ、頭いいわね……」


 そう、こいつの論理思考は折り紙付き。

 車で聞いた話と七不思議を。

 見事に結び付けた。

 

 でも、逆に。

 理屈で分からない事には気づかない。


 それは、先輩二人が隠したがっていた心情。

 そこまで汲めば。

 他のネコの存在までたどり着いたはずなのに。



 ……鏡の不思議を探りに来た時。

 繋がった二つのピース。


 秋乃は、丁寧にノックをすると。


「どうぞー!」


 用務員室の扉を開いた。


「お? 今日は何の相談……、って! えらい人数で来たな!?」


 畳敷きへ上る段差を。

 上履き脱いで、のそのそ越えて。


 こたつを組み立てていた。

 用務員の武志さんに。


 ……あの晩、足下にネコを従えていた人に。


「ふすま、開けます」


 そう、一言呟くと。

 武志さんは、一瞬だけ身じろぎしてから。


「……どうぞ」


 秋乃を。

 名探偵を。


 最後の証拠品へと導いた。




 誰もいないはずのふすまの向こう。

 締めきっていない隙間から漏れるあかり。


 この向こうに、どんな光景が待っているか。

 俺には分かるけど。


 解き放たれた光が。

 光芒一閃こうぼういっせん


 俺たちに。

 どんな変化を運んでくれるのか。



 それはまったく。

 予想もつかない…………。



「では……、えい」

「カンナっ!!! カン……、あれ?」


 名探偵が開け放ち。

 六本木さんが駆け込んだふすまの向こう。


 そんな台所には。


「ネコは!?」

「あ、あれ……? いない……、の?」

「どういうこと?」


 ネコどころか。

 ネズミ一匹いやしなかった。



 そして、慌てふためく三人に。

 武志さんは、首をひねりながら。


 最後のどんでん返しを。

 ミカンと共に差し出した。


「これでも食って落ち着けお前ら。ネコなんているわけねえだろ。俺、ネコアレルギーだし」

「う、うそ……」


 事情も知らないギャラリーの皆さんは。

 呆然とする秋乃と、からっぽの台所を眺めた後。


 ため息交じりに首をひねりながら。

 用務員室をあとにした。


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