ヘアブラシの日



 悪い事をするたびに。

 誰だって思う。


 早く謝らないとって。

 でも叱られるのはいやだなって。


 ……でも。

 どうしても言えない。


 だってこれは。

 大人だって悩む罪。


 いつになったら告白できるのだろう。

 あるいはずっとこのまま。

 黙っていればいいのだろうか。



 誰にも知られたくない。



 ……その罪が。

 生き物にまつわる事だと。



 さて、どうしましょう。

 あの子は、気付いているのかもしれない。



 私の大事な先輩たち。

 そして私たちの罪。



 なんとしてでも。

 隠し通さないと。




 ~ 十月二十日(火) ヘアブラシの日 ~

 ※庇葉傷枝ひようしょうし

  こまけえとこにこだわって

  大事なものを傷つけちまう




 よかったわ。

 いやはや、なんとかなった。


 と、思う。


「良かったわね、葉月!」

「うん……。でも、まだ分からないかも」


 おいおい、やめてよね?

 あんたが言ったら不安になっちゃうんだから。


「でもさ、なんとか全部、理屈付けたじゃない?」

「まあ、そうね」

「普通考えたら全部猫の仕業って思うからね。そうじゃないって学校瓦版にも、ほら」


 当然葉月も見ているであろう携帯ニュース。

 突き付けてみても浮かない顔。


「どうだろう。舞浜さん、気付いてるかも……」

「まあねえ! 先輩の後継者たち、頭良くて困るわ!」

「最初に頭のいい二人ならいけるって言ったのあなたでしょ? 私はあんなに反対したのに」

「だってさ! ある程度頭のいい人が広めてくれればみんな信じやすいじゃん!」

「はあ……。完全に裏目、かもしれないのに」


 そうなのかなあ。

 でも、葉月が言うんじゃその可能性高いんだろうなあ。


 あたし、その辺分かんないから。

 ちょっとまずいことになっているのかも。



 でも、ね。



 頭がよくて。

 優しそうな二人なら。


 ひょっとしてひょっとしたら。


 誰にも話せないあたしだけの悩み。

 それに気づいて解決してくれるかもって。


 そんなこと考えて、彼らに頼みたくなっちゃったんだよね……。



 まあ、さすがにそっちは気付くわけないか。

 だったらせめて、あたしたち二人の悩みの方。


 解決する手伝いをしてもらいましょ!


「よし。あの二人の教室にネズミ放して来るか!」

「そこまでわざとらしいことしなくていいわよ」

「え? やんない方がいい?」

「うん」


 まじか。


 ……あ。

 表情でバレた。


「まさか瑞希……」

「…………どうしよう。ぽちっちゃった」

「ネズミ買ったの!? ……って! それハムスター!」

「ちがうの?」

「どうするのよ、あなたの所じゃ飼えないでしょ? だって、カンナが……」

「あ、ああ! そうね! うちじゃ飼えないなあ! ほんとだー!」


 慌てて誤魔化しながら。

 携帯確認したら。


 購入どころか。

 カーゴの中にもいなくて。


 ひとまず胸を撫でおろす。


 ……いや、このハムスター。

 ひょっとして、あの子みたいに。


 カーゴの中から。

 逃げ出しちゃったのかな?


「……ほら、心配事は片付いたかもしれないんだから。瑞希も勉強しなさいよ」

「そだね~。……あ。もひとつ心配事あった」

「なによ」

「あの二人……、部活探検同好会継いでくれないかな?」

「……あきれた」


 いやいや。

 なにその盛大なため息。


 あんたは寂しく無いの?

 センパイたちとの貴重な思い出。

 これからもずっと続いて欲しく無いの?



 あたしは、当時と比べて随分大人びた友の横顔に。


 小さく、いーってしてやった。



「……あら、美人顔」

「………………よく言われる」



 なんで丁度こっち見んのよ。

 あと、おでこチョップはやめてよ。


 生え際の産毛。

 気にしてるんだから。


 


 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「は? 体毛?」

「バスケってスリーブ無いからさ~。ワキとか気になっちゃうんだよね~」


 両手で両ワキをさすりながら。

 パラガスが話しかけてきたんだが。


「うるせえ、授業中だろうが。前向け、前」


 お前がそんなの気にするたまか。



 ……いや、そうはいっても。

 こいつだって思春期男子。


 俺はあんまり気にしたことねえけど。

 自分自身の変化。

 周りとの差。


 そんなものに戸惑いを感じているかもしれねえな。


「……まあ、気にすんなよ今のうちは」


 一応、フォローを入れておくと。

 こいつ、今度は盛大に振り向いて来て。


「気になるよ~!」

「そんなにだったのか!?」


 意外過ぎる反応に。

 ちゃんとフォローしといてよかったと思う反面。


 心底面倒なことになったと後悔だ。


「……まあ、ほんと気にするなって」

「なんて無責任な~!」

「俺に責任押しつけられてもな。……でも、ばらつきがあるもんだろうが」

「でもさ~? どれだけ好きでも嫌いになっちゃうレベルの話だろ~?」


 お前はもともと嫌われてるから問題ねえ。

 なんて言える空気じゃねえな。

 ちゃんとフォローしねえと。


「確かにそうだが。でもお前のワキとか、誰も気にしねえから平気だって」

「俺じゃなくて~。女子バスケ部の子の話だよ~?」



 こんの最低野郎っ!!!



 俺は教科書丸めてパラガスのほっぺたを突いて追い払うと。


 今度は、今のやり取りを聞いていた。

 お隣りさんから声をかけられた。


「わ、私……、ムダ毛、ある?」

「はあ!?」


 そういうこと言うな!

 この、返事に窮する発言をする常識知らずは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そんな話されたって知らねえし。

 もしもいらんとこに毛が生えてても。

 べつになんとも思わねえっての。



 …………いや。

 知ってしまったら。

 嫌いになったりするもの?


 妙なこと言われたもんだから。

 普段は気にもしねえことが。

 気になって仕方ねえ。


 なんとなく、秋乃の目を見ず。

 横顔に視線を当てて。

 産毛とか探していたら。


 こいつ、俺の方を向きながら。

 左手を横にゆっくり上げ始めた。


 服の上から見えるはずねえのに。

 でも見ちゃいけないはずで。

 でもでも目が離せなくて。


 九十度に上がりきった左腕。

 まるで白磁器のように白く艶めく手の付け根に。


 俺の目がとらえたものは。




 ヘアブラシ。




「うはははははははははははは!!! 毛先が球っ!」

「球ティクル」

「うはははははははははははは!!!」


 机の上には、カッターで無残に破壊されたヘアブラシの残骸。


 そんなことのためにブラシ解体して。

 お前の感覚どうなってるの?


 でもまあ。

 今日も笑わせてもらったよ。


 先生の手を煩わせることもないだろう。

 俺は立って廊下に向かおうとして。

 ふと足を止めた。


 そう言えばしばらく。

 ネタを披露してねえ。


 だから、ブラシの残骸から。

 三本ほどの毛が生えたブロックを手に取って。


「ムダ毛」


 鼻の穴に詰め込んだら。

 小さなハサミを渡された。


「……いや。こんなのじゃ切れねえだろ」

「え、えっと……」

「なんだよ」

「……逆側」

「まじか!?」

「やかましいぞ保坂! 廊下なんて生ぬるい。お前は……」

「トイレで立ってます!」


 俺はハサミを手に。

 慌ててトイレに駆け込んだ。



 …………その後も秋乃は。

 変わらず俺に接してくれたから。


 俺も、こいつにムダ毛を発見しても。

 変わらず接してやろうと。

 庇葉傷枝ひようしょうし になんかならないようにと心に決めた。



 ……そして。

 それを笑って指摘してやれるほどの友達に。

 いつかなれるといいな、なんて。

 遠い未来に思いをはせたんだ。



「た、保坂君。そこのほくろから……」

「先生! トイレで立ってますから俺を爆笑させてください!」

「…………そういうのは舞浜に頼め」

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