ブラックマンデー


 ~ 十月十九日(月) ブラックマンデー ~

 ※吹毛求疵すいもうきゅうし

  強引なあらさがし




 七不思議の謎を解き明かす。

 そんな活動に付き合っている間。


 肝心の謎以外の所で。

 知性と理系的能力を見せつけて。


 二人の先輩に対して。

 着々と株をあげていた。


 舞浜まいはま秋乃あきの



 ……だが。


 とうとう本日。

 株価は大暴落。



 ブラックマンデーが訪れようとしていた。



「よし! じゃあ、いよいよ最後の一個ね!」

「まずは、生物準備室になにかヒントが無いか見に行きましょうか……」


 七不思議。

 最後の一つ。



 行きと帰りで一段違う人体模型。



 よくある七不思議をシャッフルしたせいで。

 一段、なんて変な単位になっちまってるが。


 これは怪しい噂ではなく。


 厳然たる事実。



 次はこれを解決しましょうと言われるのを。


 何度も何度も後回しにして。

 今日まで来たけれど。


「あ、あの……」


 秋乃は足を止めて。

 振り返る先輩二人に。


 おどおどと人差し指をくっ付けながら。

 お願いを始める。


「なんとか、後一日待っていただけません……、か?」

「なんで?」

「ええと……。何かわけがあるの?」

「およよよよ」


 そんな誤魔化し方あるかい。


「でも、あと一つなの」

「そうそう。人体模型がおかしいっていう噂、スパッと解決しちゃおうよ!」

「それとも、何か知ってるの? 舞浜さん」

「およよよよ」


 こいつにウソとか誤魔化しは無理。

 ちらっちらこっち見るんじゃねえよまったく。


 俺は仕方なく。

 でも、根性無しに遠回りに。


 事情を説明した。


「七つ、全部見つかりましたから。これで終了にしませんか?」

「え? どゆこと?」

「最後の一つが噂になっていたのはですね、まあ、他愛のない理由があるだけでして……」

「他愛のない理由……?」

「じゃあ、その理由ってやつ言いなさいよ」

「それがですね。その、語るのも意味がないほど大したことが無いものでして、その……」

「語る意味はあるでしょうに。そんなに言い辛い内容なの?」

「すいませんでした!」


 散々引っ張った挙句。

 秋乃と揃って腰を直角にしたが。


 当然、事情を説明しないで済むはずはなく。


「どうしたのよ急に?」

「悪くしないから。ちゃんと、説明して欲しいのだけど……」


 隣を見つめても。

 熱心に頭を下げるふりして逃げてるし。


 しょうがねえな……。


「実は、文化祭の劇で人体模型持ち出して、心臓無くしちゃったんです」

「ええっ!?」

「そ、そうなんだ……」

「……心臓じゃなくて、ハツ」

「呼び方はどうだっていいんだよ」


 逃げてたくせに下らないこと言い出すな。

 とりあえず肘でついて黙らせて、と。


「必死に探してやっと見つけたんですけど、劇の途中で聖剣突き立てた時に出来た穴が開いてましてね」

「そ、それを補修中なんです……」


 ようやく顔をあげた秋乃と俺とを。

 呆然と見つめてた二人は。


 怒るのかと思いきや。

 腹を抱えて笑い出す。


「あはははは! なんだか、センパイたちと一緒にいるみたい!」

「ふふっ……。私もそんな感じがしてた。どうしてそんな変なことが起きるの?」

「いや、俺が教えてもらいたいくらいなんだが……」


 そう言われて、初めて気付く。

 俺は凜々花を笑わせてやる為に。

 随分と非日常的な笑いを提供してきたが。


 こいつと出会ってからというもの。

 あんなのが霞んで見えるくらい。

 いろんなことが起こる。


 まあ、大概。

 こんなろくでもねえ事ばっかりだが。


「すぐ直しますんで、不問にしてくれませんか?」

「あははは! あたしにはそんな権限ないって!」

「私は、元副会長という立場だけど……」

「そこを何とか!」


 再び腰を九十度。

 すると雛罌粟さんは。

 くすりと笑って。


「えっと、何の話だったかしら? 最近、物忘れがひどくってね」


 可愛らしく舌を出して。

 俺と一緒に頭を下げる。

 秋乃の頭を優しく撫でてくれた。


「よっし! それじゃ葉月! 昨日あたしが借りたジュース代も忘れてよね?」

「…………やだ、ほんとに忘れてた。返して」

「しまった藪蛇!!!」


 わざとだろうか。

 六本木さんが、みんなに笑いをくれると。


 秋乃も肩の力を抜いて。


「素敵な先輩方……、ね」


 そう言って。

 仮面の見当たらない笑顔を。

 俺に向けた。



 でも。



「そ、そんな先輩方が隠してる事……、気になる」


 吹毛求疵すいもうきゅうししなさんな。


 こいつは。

 許してもらった恩も忘れて。


 俺もずっと気にかけてたことを。

 問いただそうとするもんだから。


「そ、そうだ! お前、今日中には直すって言ってたじゃねえか、人体模型の心臓」

「……ハツ」

「呼び方はどうだっていいんだよ。なんで直ってねえんだ?」


 何とか違う話題を振って。

 誤魔化してみると。


 こいつは鞄をガサガサ漁って。


「なんだ、直ってんじゃねえか」


 すっかり元通りになった心臓握ってるんだが。


「ど、どうせならサービスしなきゃって……、ね?」


 秋乃は心臓をぱかんと割ると。


「ぐろっ!?」


 やたら生々しく。

 心臓内部が詳細に再現されていた。


 ……いや。

 これが正確かどうかなんて。

 さすがに知らねえけど。


「ばかやろう! ちゃんとし過ぎてて怖いわ!」

「で、でも……。心室、心房の勉強に……、ね?」

「デフォルメしろっての! 色もリアルすぎるわぬめぬめしてるわ!」

「しかも、電動で水が正しい方向に流れる……」

「作り込みすぎも甚だしい!」


 俺は秋乃から心臓を取り上げて。

 じっくり目を凝らしてみると。


 爪楊枝でも使って書いたんだろうか。

 いやはや、えらく細かなところまで作り込まれてる。


 こんなん作ってたら。

 そりゃ間に合うわけねえよな。


「まったくお前は……。で? ここのあたりがまだ未完成なのか?」

「あ……」


 心臓の中。

 小さな箱に、扉みたいなものが付いている。


 俺は、何の気なしに。

 その扉を開くと。


 中から現れたのは。

 小さな小さな。




 焼き鳥屋。




「うはははははははははははは!!! 産地直送!!!」

「ど、どうせならサービスしなきゃって……、ね?」

「ばかやろう!」


 さすがにチョップを決めてやると。

 秋乃はしょげちまったが。


 先輩二人は大笑い。


 ……そして。


「あはははは! いや~、楽しかったわね、この三週間!」


 六本木さんが。

 七不思議調査の終了を宣言すると。


「そうね……。卒業前に、大切な思い出ができたわ」


 雛罌粟さんは。

 少し寂しそうに微笑んだ。



 誰がどう見ても。

 少し物悲しい祭りの終わり。


 でもこいつは。

 こいつだけは。



 まだ、続きがあることを予感させる。


 面倒なフラグを立てたんだ。



「そ、そうだ……。思い出……」

「なんだ?」

「ひょっとして、ですけど……。この学校に、カンナという方、いらっしゃいましたか?」


 秋乃の、妙な質問に。

 ぴくりと体を強張らせた二人。


 そして、溜息と共に何かを話そうとした雛罌粟さんを。


「いないいない! そんな名前のひと、ワンコ・バーガーにしかいないって!」


 六本木さんが。

 慌てて止めた。



 ……ああ。

 俺も、何かがあるとは思っていたんだ。


 でも、雛罌粟さんは。

 六本木さんの制止に目を丸くさせた後。


 何かを探るような視線で。

 慌てふためく六本木さんを見つめていた。



 ……いやはや、この事件。

 いくつの謎が隠れてるんだ?



 まあ。


 七不思議だけに。

 七個は覚悟しておこうか。


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