勇者パーティから追放されたおっさん、二人の魔女のペットになる。
「ああ。俺はずっとお前を呼んでいたさ。だってお前、そろそろ暴走し始める頃だろ?」
この期に及んで俺はつい格好付けた言葉を吐いてしまう。この性格は文字通り死んでも治らないのだから仕方がない。
フレアはまだ寝起きでぼうっとした顔で、自分の手のひらに視線を落とす。
「んっ、そうかも……じゃあレンと手を握るの」
差し出されたその手はとても小さくて、街の皆が恐れる魔女のイメージとは全くかけ離れたか弱き存在。
たとえこれが魔女の生き残り戦略の一つだとしても、俺は潔くその手を握るのだ。
俺、こいつのペットだしな。
魔女の盟約はゼッタイなんだ。
しかし2人が手を重ねたのはほんの一瞬だった。セシルがフレアの体を突き飛ばし、俺にしがみついてきたからだ。
突き飛ばされたフレアはガバッと身体を起こし、
「――くッ! レン、何なのその女は!?」
と言いながら杖を構える。下等下等と散々言われながらも、たぬき寝入りを決め込んでいた杖の魔石がフワッと光を放つ。
「レンさん、ちょっとここで大人しく待っていてくださいね? 悪い魔女を懲らしめてきますから~」
「レン……その女は危険なの。消し炭にしてもいいよね?」
「私を消し炭に変えると? はんっ! 最下等な魔女が戯れ言を言いよる! 暴食の魔女如きに何ができるというのか!」
初めはセシルの口調を真似ていた母さんだが、フレアの挑発に乗って二言目には元の口調に戻した。
両者が杖を構える。
「や、やめろ……そもそも魔女同士が争う必要なんてないだろ? それに母さんが乗っ取っているその身体はセシルの物だ。勝手に使うのは俺が許さない!」
「うっさいわね! だいたい女っ気ない生活を続けたアナタがいけなかったんでしょ? 苦節25年、ようやくチャンスが訪れたと思った矢先に、ちんちくりんな魔女に引っかかってしまったアナタがいけなかったのよぉーッ!!」
「ぐッ――」
心臓が急に痛くなってきた。
「さあ覚悟なさい。塵も残さず消し去ってやるわ!」
「それはこっちのセリフなの。消し炭になれ――」
「や、やめろぉぉぉー……」
次の瞬間、俺は思わず二人の間に割って入ってしまっていた。
網膜に貼り付く強烈な光。
俺の意識は一瞬のうちに飛んでしまったのだ。
▽
「あ、気がつきましたかレンさん?」
「レン……大丈夫なの?」
目を開けるとセシルとフレアが俺の顔をのぞき込んでいた。
その背後には限りなく青い空が広がっている。
どうやら俺は気を失い、セシルに膝枕をされていたようだ。
「セシル! お前はセシルなのか?」
「はい? 私はセシルですよ? あわわっ、どこかに頭ぶつけて記憶障害にでもなってしまったんでしょうか? ぜひもう一度私の膝の上で休んでください!」
「い、いや俺はもう大丈夫だ。……そうか、セシルは元に戻ったか」
ほっと胸をなで下ろし、セシルの脇に置かれていた杖を見やる。
どうやら魔女の魂は杖の魔石に戻ったらしい。
「ん?」
よく見ると杖の根元から鎖が伸びており、その先は地面へと溶け込んでいる。
これはフレアの手首と俺の首輪を繋いだ鎖とよく似ているけれど、形が少し違っている。
さては母さんたち、魔女の盟約で誰かを縛り付けたな。
「…………」
「あ、そうだ! 昨夜とっても嬉しいことがあったんですよ。なんと夢の中でレンさんのお母様にお会いしたんです!」
「えっ」
「レンさんが私のことを……そんな風に想ってくれていたなんて……」
セシルが頬に手を当ててはにかむ仕草を見せる。
「ちょ、まて、それ夢の中だろ?」
ひょっとして、昨夜のことは夢の中の出来事として、セシル本人に認識されていたということだろうか。
「この杖はー、私とぉー、レンさんを繋ぐぅー、永遠の絆なんですって!」
嬉しそうに杖を持ち上げると、ジャラリと鎖が垂れ下がる。
「…………」
セシル本人には見えていないようだが、案の定鎖の先は俺の首輪に繋がっていた。
「……なあフレア。俺の身に何が起こったか教えてくれないか?」
「あうー……」
フレアのたどたどしい説明を紐解いていくと、どうやら魔女たちは共謀して俺を盟約で縛り付けることで折り合いを付けたようだ。
フレアの時もそうだったように、魔女と俺との盟約は魔女側から一方的に結ぶことができるらしい。理不尽にも程があるだろ!
ぐうぅぅぅぅ~
フレアの腹の虫が鳴く。
「あ、何だか私もお腹空いてきました。うふふ……」
「んじゃ、後のことは飯を食ってから考えるか。俺たちは狩りに行ってくるからセシルはここで待っていてくれ」
「じゃあ、私はスープの準備をしておきますね」
「す、すーぷぅー!? おいしいやつぅー?」
急に目の色を変えてヨダレを垂らすフレア。
「あ、はい。保存食ばかりでは味気ないと思って、荷物に材料を入れてきましたので……。あ、あれ? 私とレンさんの荷物は……?」
いや、荷物なんか無事に残っている訳ないよな……
俺たちが野営に使っていたテントはおろか、辺り一面焼け野原になっちまっているんだから……
「じゃ、じゃあ……私の全財産は……?」
「きれいさっぱり無くなっちまったようだな」
「レン……ちょーみりょうは?」
「丸焦げになったんじゃないか?」
ガクッと膝から崩れ落ちるフレア。
いやいや、お前は戦っていた張本人だろうが!
こうして無一文三人組の生活が幕を開けたのである。
―― 完 ――
勇者パーティを追放されたおっさん、ツンデレ魔女のペットになる。 とら猫の尻尾 @toranakonoshipo
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