着させる男
「や、止めろー! 服を着ろー!」
俺は慌てて目をつぶり上着をぐいっと持ち上げた。
「あらあら、どうして~? この娘も貴方と一つになりたいと願っているはずよ~?」
「それは母さんの思い込みだ。セシルは俺を慕ってくれているかも知れないが、それは男女の恋愛とは別次元の話だからっ! さあ、今すぐセシルの身体から出ていってくれ! セシル本人とじっくり話をさせてくれ!」
「あれあら、どうしたのレン? 母さんは貴方をそんな意気地なしに育てた覚えはないわ~」
「あいにく俺は前世からずっと奥手なんだよ!」
狭いテント内でドタバタと逃げ惑う俺を、魔女の魂に憑依されたセシルが追いかけてくる。
「あ、くそっ! 魔法をかけやがったな!」
突然、俺の足が地面に根を生やしたように動かなくなった。
しかも
「うふふふ、つーかまえた! もう観念してこの身体を自分のものにしてしまいなさいな」
「は、離せー!」
俺の足が動かないのをいいことに、セシルの手が俺の体のあちこちを触りまくってくる。
止めてくれ! 俺の理性が保たないだろッ!
思い返せば、魔女の森でスーパー
あの時から、魔女の魂がセシルの身体を浸食していたということか。
「離さないわよ。さあさあ、思い切って貪るように激しく抱くのです。そうすれば、魔女の盟約によってこの娘の身体は私たちの物。つまり、この娘の身体は貴方にとっての魔法の杖となるのです!」
魔女の盟約――その言葉を聞いて、俺はハッと息を呑んだ。
「起きろフレア! おまえは俺のご主人さまなんだろ! おまえは俺を守る義務があるんだよな? 魔女の盟約はゼッタイなんだろ!」
「ううっ……」
フレアがうなされている。だが起きる気配はない。
「くっくっくっ、無駄よレン。最下層な〝暴食の魔女〟ごときが、我が〝淫蕩の魔女〟に逆らうことはできないのよ? 貴方は知らないでしょうけど、魔女にも序列があるの」
嫌な話を聞いちまった。
それでフレアの杖もおとなしくただの棒きれのように横たわっているわけか。
けれど――
「たかが数パーセントしか受け継いでいない魔女の血で、序列なんぞを気にしている場合じゃないだろ!」
「たしかに我々魔女にも寿命がある。子孫を残さなければ潰えてしまう。だから仕方なく人間の男と交わることで受け継いできたの。でも貴方は魔女の歴史の中で初めての男の子。その意味が……分かるわね?」
「……つまり俺の子種が欲しいということか?」
「貴方の存在が知られれば、やがて全世界の魔女が貴方を狙ってやってくる。そのとき、貴方はできるだけ序列の高い魔女と交わって欲しい。そうすれば、私たちは世界を支配する力を得ることができるのよ」
ずいぶんスケールのでかい話を持ち出してきたもんだ。
「母さんは……生前から俺をそんな風に思って育てていたのか?」
「……そんなことある訳ないでしょ?」
セシル表情が緩んだ。
一瞬、それが生前の母さんの顔と重なって見えて、不意をついて過去の辛い思い出が脳裏に蘇ってきた。
そうだ、俺は母さんにあの時のことを謝りたかったんだ。
永遠に叶うことのないと諦めていた思いが……
「あの時、俺が母さんの薬を勝手に使ったせいで……母さんを死なせてしまったんだ……本当にごめんなさい」
「レン……」
セシルは微笑み、俺の頬に温かな手を当ててきた。
「ちゃんと生きて、立派な大人になってくれてありがとう。それが何よりの親孝行よ」
ありがとう――
長年の胸のつかえがとれたような気がするよ。
だが、これで終わりにしてはいけない。
俺はセシルの手を振り払い、首をさする。
鎖はないが、微かにその存在は感じられている。
「聞いているんだろ、フレアの杖!」
フレアの枕元に横たわっていた無機質な杖が、ビクッと揺れた。
「あんたもフレアの母親なんだよな? だったらここで踏ん張って俺を縛り付けてみろよ! そうしないとフレアはまた独りぼっちで原始人に逆戻りの生活になるんだぞ!」
「暴食の魔女を挑発しても無駄よレン。その者たちは魂がこの世に誕生して以来、ずっと最下位に甘んじてきた落ちこぼれなのよ。うふふふ……」
あ~くそ!
母さんとの思い出は俺の中で勝手に美化されていたのかよ!
もう何もしゃべらないでいて欲しいぜ。
「最下位、上等じゃねーか! 最下位には最下位なりのプライドがあるんだよ! フレアの母親なら、娘を想う気持ちが少しでも残っているのなら、死ぬ気で根性みせてみろやァァァー!!」
ビクンと杖が直立する。
杖の魔石から青い閃光を放たれ、やがて光の粒子となってボール状に集まり、それがフレアの身体に取り込まれていく。
フレアの瞼がピクッと動き、やがて大きな目がバッチリと開いた。
「……ん。レン? 今私を呼んだの?」
目をこすりながらフレアが起きた。
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