脱ぐ女

 夜も更けて、俺達三人は木の枝を組んで作った簡易テントの中で眠りについていた。

 狭いテントの中に男女三人が一緒に寝るというのは倫理的に問題があるのは言うまでも無いことなのだが、フレアが『体質的な問題』で俺と手を繋いで寝なければならないと分かると、セシルも一緒に寝ると言ってきかなかったのだ。


 俺も男だ。なにか間違いがあっても知らねーからな? 

 

 なーんて下心があったからだろうか。夢の中で素っ裸になったセシルに誘惑されるという、とんでもないものを見てしまい、俺は慌てて目を開けた。


 目の前には大きな口を開けていびきをかいて寝ているフレア。繋いでいた手はいつの間にか離れていた。そして、反対側を見ると――


 そこに寝ていたはずのセシルが、ぼーっとした様子で立っていた。


「ん? どうしたセシル? 寝ぼけているのか?」


「レン……」

 

 その声はセシル本人のものだが、明らかに様子がおかしい。

 細身の体全体から青い光を放っている。


「レン……」


 また俺の名を呼んだ。

 それはまるで我が子を愛しむような、慈愛に満ちた声色で――


「か……母さん?」

 って……、何言ってんだ俺。

 10コも年下の女の子に死んだ母親の姿を重ねるなんて気持ち悪すぎるだろっ。

 

 俺はその場に座り直し、額に手を当て首を振る。

 落ち着け。たしか最後の葉巻が残っていたよな。

 俺が振るえる手で胸ポケットをまさぐっているうちに、だんだんとセシルの様子が更におかしくなっていく。

 とろんとした表情に紅が差し、なんとも艶っぽい感じに仕上がってきた。


「ずっとこのチャンスを待っていたの……あなたにすべてを捧げたいと願う女の出現を……そしてその女が魔法の使い手であるという条件が重なるチャンスを……ずっと待っていたの……」


「ちょ、ちょっと待て!」


 セシルの顔が上からぐいっと迫ってきたので、思わずのけぞりながら手をついた先にフレアの腹があった。


「ふぎゅッ」


 だが幸いフレアは短い悲鳴のような声を上げただけで、そのまま『ぐーぐー』といびきをかいて寝続けている。

 魔女の眠りが思ったより深くて助かった。いや、助かったのかこれ?


「さあレン……今すぐこの娘を抱いて自分の物になさい。そうすればいつでも私は貴方のそばにいられるのです。そして世界中の魔女を手籠めにし、魔女の完全体をみもごらせるのです」


 セシルの口を使って、とんでもない事を言い出した。


「お前は誰だ!?」


「貴方の母さんよ」


 やはりそうかー。

 いや、でも母さんは25年前に死んだはず。

 それにこんなにめちゃくちゃなことを言う性格の人ではなかったはず。


「そして我はお前の母さんの母さんぞ」

「そしてワシはその母親の母親の母親の母親なのじゃ」


「は?」


 セシルの口から次々と異なる声色が飛び出して来て、もう何が何だかわからない。


「えっと……それじゃ、母さんは死んだ訳ではなかったのか?」


「肉体は滅んでも、魂はこうして残っていく。それが魔女。こうして歴代の魔女は一つの魂となって延々と引き継がれていくものなの」


「はあ……」


「ところが、貴方が男に生まれたものだから、私たち魔女の魂は宙ぶらりんの状態だったのね。それにレンったら訳も分からない、えっと……ハードボイルド? なんてものに逃避行してしまって、この25年間女っ気一つない生活を送っていたでしょ?」


「うっ……」


「でも、こうして身も心も捧げたいという娘がようやく現れてくれた。うふふ、結構いい身体つきをしているわよね、この娘……」


 と言いながら、手で胸をつかんで揉みはじめた。


「や、やめろ!」


「またそんなこと言って……貴方、いつも気のない素振りを見せながら、チラチラとこの娘を見ているの、知っているんだから」


「は?」


「女は自分に向けられる視線に敏感な生き物なの。そして自分を守ってくれる男を本能で見つけたのね。そもそも勝ちの見込めない勝負なら最初から願い下げ。勝てると思ったから勝負に出る! それが女よ!」 


「そ、そうなのか?」


 しかし、そんなセリフをセシルの口で言わせないで欲しかった。


「ん? ちょっと待ってくれ! と言うことは、セシルがギルド事務所に乗り込んできたのは、セシル本人の意志だったんだよな? じゃあ、急に性格が変わってロベルトを攻撃したときは、母さんたちが精神を支配していたのか?」


「もちろんそうよ。息子をいじめる悪い人は皆死ねばいいのよ……」


 こわ!

 母さん、死んでから性格変わったよ。

  

「さあさあ、そんなことより早く始めましょう……」


 セシルの身体からするりと上着が剥がされていった。


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