序章の3

 迷いなく町の中央部に向って歩を進める少女二人に先導される形で、ジャックと老爺も行き先も告げられず歩いていた。


「ここです」


 横に長い建物の前でシャロットが立ち止まる。建物は赤レンガ造りな頑丈な構造で、都市の駅舎を彷彿とさせる。


「なんの建物じゃ?」


 老爺が探し物からは連想できない長大な建物に、頭を捻った。


「ちゅじ馬車管理局です」

「辻馬車管理局だね。ヘルマンさんが馬車にぶつかりそうになったことと、この管理局がどう関係するんだい?」


 ジャックがシャロットの舌足らずは気に留めず、尋ねた。わしも知らんぞい、と老爺もジャックに便乗する。


「ちゅじ馬車管理局はですね、ちゅじ馬車を管理する機関なんです」

「うーん、上手な説明になっていないような」

「あたしが代わって説明するっす」


 シャロットの隣にいたライリーが、溜息混じりに言った。

 わかりやすい説明が出来たと自身では感じているシャロットは、一人胸を張っている。


「辻馬車管理局は、少し前に試験的に設置されたこの町だけの機関っす。主な仕事は、辻馬車を牽引する馬の飼育と保護、町内にある停留所の発着時刻の設定、講習による馭者の養成などなどっす」

「ライリーさんは知識が豊富だね」


 ジャックが感心すると、ライリーはむずがゆそうに言った。


「褒められるほどじゃないっすし、さんづけはなんかいい気分じゃないっす」

「あれ、さんづけって良くないの?」

「さんづけで呼ばれたことないっすから、カヌエルちゃんかライリーちゃんでいいっす」

「そうなんだ。じゃあこれからはライリーちゃんで呼ぶよ、僕も呼びやすくていいや」

「わしもそう呼ぶようにするかの」


 老爺もライリー・カヌエルの呼称を改めた。

 シャロットが唐突に細い腕で挙手した。


「私もシャロットちゃんと呼んでください。ベルナーさんなんて可愛くないです」

「わかった。これからはシャロットちゃんって呼ぶよ」

「呼ばれ方も可愛くなったところで、ちゅじ馬車管理局に入りましょうです」


 シャロットが元気よく局のドアを潜り、他の三人も遅れないよう続く。

 局内は人が少なく、受付台の内側で入り口に背を向ける背広の管理局員の男性が、一人で煙草を燻らしていた。

 シャロットが彼女の胸まである受付台から首から上を出して、男性に話しかけた。


「あのう、聞きたいことがあるんです」

「どうかしたか?」


 局員は煙草を咥えたまま、振り返った。

 目の前で少女が煙草の煙にうう、と煙たそうな声を出したので、局員は慌てて煙草を手に持ち替え、受付台より下に向けた。


「すまんな、お嬢ちゃん。煙を吸わせてしまって」

「ごめんなさい、私が煙草の匂いに慣れてなさすぎなんです」


 シャロットの後ろで並んでいた三人の、赤い髪の少女が局員に尋ねる。


「南の方の葡萄畑を通る馬車の時刻表って、あるっすか?」

「あるにはあるが、時刻表なんか見てどうするんだ、赤い髪のお嬢ちゃん」


 ライリーは老爺を指さして、

「この人があの道で落とし物をしたんすけど、馭者が落とし物を見掛けたかも知れないっすから」

「落とし物って、なんだ?」

「木箱じゃ、中に大切な物が入ってるんじゃ」

「俺は知らねぇな。ま、時刻表くらい好きに見たらいい」


 局員は受付台の引き出しから、紙が束になっている時刻表を取り出してシャロットの前に置いた。

 鼻をひんまげる煙草の煙にさっきまで苦しんでいたシャロットが、小さな手で時刻表を受け取った。

 パラパラと時刻表をめくる。一行は揃って時刻表を覗き込む。


「多分、これです」


 シャロットが南方に向う馬車の欄を見つける。

 欄内にはその馬車の管理局から順次停まる停留場の名前と終着先が書かれていて、ジャックが自分の地図と欄にあるルートを照らし合わして、これだねと頷いた。

 ライリーが局員に振り向き、尋ねる。


「時刻表通りで午後二時半の前後に、この道を使う馬車の馭者の名前ってわかるっすか?」

「ええとだな、俺の記憶だとヤルジーキ・シードルフが二時にここを出たはずだ」

「その次に出たのは、何時で誰っすか?」

「ハルンブルト・アンガスが三時に同じルートの担当のはずだ」

「その二人はここに、いつ帰ってくるっすか?」

「ハルンブルトは六時くらいにならないと戻ってこないが、ヤルジーキの方は五時だからもうじき戻ってくるはずだ」

「今、何時です?」


 シャロットが時間を知りたく、室内を見回した。

 すかさずジャックがコートの内から、懐中時計を取り出す。


「四時五四分だよ」

「五十四分ですか、少ししたらヤルジーキさんが帰ってきますです。それまで待ちましょうです」


 

 時刻表より一分遅れて管理局の外から馬車の停まる音の後、局員用の通用口から肩幅が広く体つきの良い馭者の男性が一人現れた。


「この人達は?」


 小柄で物草そうな馭者は局内に入ると見知らぬ青年と老爺と少女二人の計四人がいて、受付台の内側の局員に訊いた。


 局員は四人を親指を向け、

「君に伺いたいことがあるそうだ」

「伺いたいことって、ヘマでもしたかなぁ?」


 自分の行動を思い返している彼に、ライリーが声をかけた。


「ヤルジーキ・シードルフさんすか?」


 前触れもなく声をかけてきた赤い髪の少女に、戸惑いつつ小柄な馭者は頷いた。


「そうだ、俺がヤルジーキ・シードルフだ」

「木箱を拾ったっすか?」

「は、何の話だ?」


 身に覚えのないことを訊かれて、ヤルジーキは不思議そうに言った。

 老爺が彼の目の前までよろよろと歩み出る。


「この顔と服装に覚えはないかの?」

「あんたはぶつかりそうになった……」


 唖然とし、ヤルジーキは老爺をおずおず眺めた。


「なんだ、罰金でも請求する気なのか」

「あのことは責めん、気付くのに遅れたわしにも非はある。じゃが嘘をつかずに答えてほしいの、あの時に木箱を見てないかの?」


 ヤルジーキは老爺を前に、キツツキのように素早く首を縦に振った。

 局員が非難する視線を彼に送る。


「ヤルジーキ、お前人にぶつかりそうになったのか?」


 ヤルジーキは険しい局員の視線に、冷や汗を額に浮かばせた。


「ぶつかりそうになったと言いますか、その、太陽に視界が奪われてたんです」

「それは言い訳だ。馭者は乗せる人だけでなく馬車の左右前後に注意を払わなければならん。何度も講習の時に言われただろう」

「はい、以後気を付けます」


 ヤルジーキは神妙な顔で頭を下げる。次には逃げるように局から街路へ出ていった。

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青年は幼女二人と探し物をする 青キング(Aoking) @112428

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