序章の2

 葡萄畑の沿道に来ると、老爺が道の真ん中に自身の胴体大の水溜りを見つける。


「そうじゃ、この水溜りじゃ」


 シャロットとライリーが、老爺の胴体より僅かに大きいぐらいの面積の水溜りに駆け寄って覗き込む。


「何か落ちてるのかい?」


 ジャックが少女二人に訊いた。

 ライリーが彼に顔を向け、首を横に振る。


「物が落ちてるとかは考えに入れてないっす、水溜りの大きさを目で測ってるだけっす」

「水溜りの大きさと、ヘルマンさんが落とした木箱がどう関係するんだい?」

「ガウンの乾き具合ににムラがあったっすよね、水溜りがヘルマンおじさんの着ているガウンより小さければ、その時にもう濡れ方に差が出るっす。けど、この大きさじゃそれはあり得ないみたいっすね」


 ライリーが話す間、水溜りをじっと覗いていたシャロットが首だけ回して老爺を見た。


「ヘルマンさん、ここで木箱を落としたのは確かです?」

「確かとまでは言えんが、大方そうじゃろう」

「転んだあと、どこにも寄らずに通りへ歩きましたです?」

「そうじゃ。通りで歩いていて木箱を落としたのに気づいての、そこで偶然地図を持っておったこの青年がいて助けを請うたのじゃ」


 何故だかシャロットは顔を反対に向けた。広がる葡萄畑のかなたに聳える山脈の間の空を数秒眺めた。その空では太陽が西に傾き始めていて山の陰に一部隠れていた。


「次はジャックさんとヘルマンさんが出会った通りに行きましょう。それとジャックさん、時計を持ってるです?」

「うん、持ってるよ」


 ジャックは上衣の内から懐中時計を取り出す。


「では今から通りまでにかかる時間を測ってくださいです」



 四人は老爺が街へ向かうのに使ったという沿道から直線の道を辿り、老爺がジャックに縋った件の通りまで出てきた。


「ジャックさん、何分かかりましたです?」


 シャロットが建物の間の空と往来の人々の流れを、見て訊いた。


「ええと、三十分くらいかな」

「ヘルマンさんとジャックさんは、葡萄畑沿いのあの道に着くまでに他の場所に寄り道しましたです?」

「寄り道じゃないけど、一回全く見当違いの場所に間違えて行っちゃったよ」

「一度、この通りに戻ってきましたです?」

「うん、聞き込みをし直したんだ」

「間違えて行った場所というのは、どんなところですか?」

「向こう岸に土手と葡萄畑があった林だよ」

「そこからこの通りまで行って帰って、何分かかりましたか?」

「どうだろう、測ってなかったから自信はないけど四十分くらいじゃないかな」

「ジャックさんとヘルマンさんが私たちのところに来たのが、確か四時十分でした。この通りから孤児院まで十数分かかるので、メアリーお姉ちゃんに会ったのが四時くらいだと思いますです」



 老爺が不安げな顔で、口達者に喋るシャロットに言う。


「そんな時間ばかり測っとっても、探しとる物は見つからんじゃろう」


 ライリーが呆れたように肩をすくめた。


「何いきなり耄碌してんすか。あたしとシャロちゃんを頼ってきたのはそっちじゃないすか。見つけ出して欲しいなら、最後まで付き合うべきっすよ」

「じゃが、君らのやっている事がわしの探しとる物とどうしても結び付かん」


 難色を示し始めた老爺を、ジャックが宥めにかかる。


「まあまあヘルマンさん、この二人にはきっと見つけ出せる根拠があるんですよ」

「こんな幼い女の子らを信じてよいのかのう」

「安心するっすよ、あたしとシャロちゃんはとっくに見つけ出すまでの目処が立ってるっす」

「そうです、今私とライちゃんは同じ目的地を想像してますから」


 少女二人は互いに向き合って相好を崩した。

 青年と老爺にはさっぱり、少女二人の考えていることがわからなかった。

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