実質十三歳の恋(※語弊のある表現)

 数年前に夫を亡くした七十三歳の女性が、二十三歳の訪問介護員の男性に一目惚れするお話。
 恋愛ものです。いや世間一般に言うところの恋愛小説、ロマンティックな娯楽性を提供してくれる作品であるかどうかはともかくとして。恋愛を主軸に据えた物語という意味では、きっとこれ以上ないくらいには『恋愛もの』です。
 なにしろ主人公の設定がすごい。七十三歳の未亡人。それも何か創作らしい特殊な設定があるわけでもない、ごく普通のお年寄り。小説の主人公、特に視点保持者としてはかなり珍しいタイプでないかと思います。一般に青年期くらいの主人公が多い中(感情移入等を考えるとどうしても有利)、これだけでもう十分挑戦的であると言えると同時に、ある意味では創作としての強みを存分に生かした作品と言えるかしれません。自分で経験したことのない物事であっても、つまり読者の年齢がまだまだ七十代に遠く及ばなくとも、でも創作なら想像させたり共感させることができる。
 以下はネタバレを含みます。結構重大だと思いますので、本編未読の方はご注意ください。
 お話の筋というか、展開の持って行き方が好きです。単純な惚れたはれたや恋の鞘当てのお話でなく(いや恋愛感情そのものはこれでもかってくらいに描かれているのですけれど、でも)ストーリーとしての起伏はまた別のところにあること。
 憧れの相手である県さんにまつわる噂。不穏な噂というか危険な香りというか、どこか得体の知れないところのある彼に、でもどんどん惹かれてしまう主人公。この辺が実に巧妙というか、主人公はその『噂』を聞いてなお一顧だにしないのですけれど、読者の立場だとどうしても警戒してしまうんですよね。何か良くない結末が待っているんじゃないかと。
 それだけにこの物語の結末、明かされた真相が本当に素敵でした。安心したというか反省したというか(疑ってごめんなさいってなりました)、最後にほっとできる優しいお話というのは、やっぱり素晴らしいものだと思います。
 ストーリーをざっくり俯瞰で要約するなら、『人生の締めくくり直前に起こった奇跡(あるいはそれをもたらす人)』のお話ということになると思うのですが、でもそれをヒューマンドラマのようなアプローチでなく、恋のお話として描いているところが独特でした。生きた主人公の皮膚感覚に沿って描かれる、臨場感のある恋のドキドキ感。いくつになっても恋は恋であると、そんな主張を強く感じると同時に、でも老いのせいで体がついていかない部分もしっかり描かれている。理想だけでは回らない世界。老いや人生の終わりを真っ直ぐ捉えながら、でも恋の輝きを綺麗に活写してみせた、寂しくも優しい物語でした。