6. すべての人

「そういえば、あなた……桜井悠さんだっけ。血をまだ渡せてなかったわね」

 草薙藍那はポケットから採血管を取り出し、私に手渡した。あの騒ぎの中で拾い上げていたらしい。


「ありがとう。しばらくは……使わない。でも私は弱いから、捨てられない。冷凍庫に入れて、お守りにしておこうと思う」

 そう、と小さく答え、草薙藍那は微笑んだ。

「実は、そういう人も多いの。いつでも幸せに死ねるというのは、今すぐ死ぬつもりがなくても、救いになるみたい」

 その言葉に、それこそ少しだけ救われる思いがした。

 私だけが弱いわけじゃない。

 きっと誰もが弱くて、甘い死の誘いを常に感じている。


「ねえ、また会える?」

 興味が湧いて、尋ねてみる。

「あの情けない男が私をどこに隠すか次第ね。でもきっとまた私を見つける人が出てくるし、あの集落にたどり着いたあなたならすぐに見つけられると思うわ」

 思いの外、軽やかな口調でそう返ってきた。


「やっぱり、血は配るの?」

「ええ。私は私の体質のせいでたくさんの人を死なせてきた。この病は血液感染だから広がる力は強くないし、死への渇望がなければ発症しないとはいえ、私が関わっていないとは口が裂けてもいえない。それでも生き続けているほとんど悪魔みたいな人間、それが私。そして悪魔は、人間の願いを叶えるものなの」

 どこか妖しい笑みを浮かべながら、彼女は答えた。



✳︎✳︎✳︎

 

 ユーフォリック症の初の発症者が観測されてから十数年。

 現在では国内の発症者数は三十万人を超え、世界中でなおも増加し続けている——

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-幸福症候群- 綾繁 忍 @Ayashige_X

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