「誰か…」

低迷アクション

第1話

「誰か…」


看護師に採血をされ、診察結果を廊下で待つ“F”はその“男”が気になった。着古したような入院服を身に着け、頭に巻いた包帯からは血が滲んでいる。松葉杖を付いた片足は足が地面まで届く長さが無い。


包帯片目から覗く男の表情は虚ろで定まっていない…ただ、素人目にも治療が必要な事がわかる。何故、誰も声をかけない?手のかかる患者、もしくは、既に処置が終わっている?


いや、足の下には、黒い血だまりが広がっているじゃないか?誰かに声をかけよう。そう思い、Fが顔を上げるのと、近くを通った病院職員が男の傍を何の一瞥も

くれずに、通り過ぎたのは同時だった。


(見えてないんだ…)


その後に続く患者も、職員も同じ…全員が彼を無視している。もう一度誰かにと思ったが、やめた。


(別に、俺も、何か“出来る”って訳でもないしな…)


医者でも、祓い屋でもない。


ボンヤリ見ている内に、看護師に呼ばれ、Fは診察室に向かう。

問診が終わった後には、男の姿も消えていた。


地元の仲間に、それとなく聞くと、年配の者の中には男を見た事がある人が少しいた。

姿も様子もFが見た男と一致している。


「確か、俺は産婦人科だな。かみさんがお産でよ。

あまりに場違いでビックリした」


「そうか、俺んとこは耳鼻科だ“いや、耳どころじゃねぇだろ?”って思わず思ったよ」


「総合受付で見た時は、大変だ!って思ってさ、病院の人に声かけたら、首傾げられて…でも、何人かは、俺と同じ所見て、ビックリしたような顔していたから…“ああ、俺以外にも見えてん奴もいるなぁ~”って、変に納得したし、安心したよ」


どうやら、男は“病院”と名の付く所、全てに顔を出している様子だ。一体、いつ頃に亡くなった者なのか?死んで尚、治療か診察を希望する理由は何か?


噂以上の話は見えてこないから、知る事も出来ない。また、特に悪さをする訳でもないので、誰も調べる理由もない。たまに見かけて“ああ、またいるなぁ”くらいの認識で“男を見る事の出来る”全員の見解は一致していた。


それから、しばらく経ち、Fが子供の体調不良で小児科を受診した際に、再び男を見た。

相変わらず“要支援”の状態は健在…隣に座る息子を見るが、男の事は見えてない様子で絵本に夢中…周りの子も、その親も、特に気になる動きはなく、どうやら、今日はFにしか見えていないようだ。


「誰か…診てやれよ…」


憐みながらも、あくまで他力本願でFは呟いた…(終)

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