#4

 フィリップが廃ビルを占拠し、数ヶ月が経った。アルカトピアにはディークノアが急増し、彼の狩猟趣味によるパトロールは街の全域に渡るようになる。それは、苛烈な戦闘が激化したことも意味していた。


『フィリップ、援護は任せてくれ! 俺が拘束してる間に、両断ヨロシク!』

「……わかってる」


 小柄な少年が二丁のリボルバーを乱射し、眼前の巨大な獣に弾丸を浴びせ続ける。黒髪に映える赤いメッシュが揺れ、黒いモッズコートのフードが跳ね上がった!

 飛来する弾丸は血の軌跡を生み、螺旋の線状を形作る。それは彼の合図とともに鎖に変貌し、怪物の身体を地面に張り付けた。


 その間に、フィリップは。跳躍時に地面に生まれた足跡から自らのコピーを複製し、寸分違わぬ挙動で同時に剣を振るう。単純計算で2倍になった威力の剣撃は、敵を即座に両断した!


 これも“素質持ち”のディークノアの特徴である。それぞれのディークに応じた固有の異能によって、彼らは人智を超えた戦闘が可能なのだ。

 ひとつは『血を他の物質に変える』能力。もうひとつは『自らの痕跡からコピーを作り出す』能力。彼らはそれを駆使することによって、陰ながらこの街を守っていた。


『おつかれ、フィリップ!』

「……おつかれ」


 ぎこちなく返答をすると、フィリップはその場からゆっくりと離れる姿勢を取る。成り行きで加入した組織で、成り行きでできた仲間だ。彼にとっては標的が増えたというメリットがあるが、それ故に発生するコミュニケーションや連帯は苦手としていた。


 夜明け前の街を歩けば、鼻腔をくすぐる香りが漂っている。夜通し営業しているチェーン店舗のダクトから漏れる料理の香りだった。フィリップは自らの腹具合を確認し、僅かに足を傾ける。宅配ピザ屋だ。


『あっ、ピザ取る? たぶん砂海さんとかも帰ってくるだろうし、デカいの頼むか!』

「……誰かと分けるの?」


 初めての体験だった。前を歩く少年がメニューを選んでいる間に、フィリップは思考を巡らせる。ビザは、一人で食べるものではないのか?


『フィリップ、何にする?』

「……じゃあ、これ」


 カウンターでフィリップが選んだのは、サラミとチーズが敷き詰められたシンプルなものだ。トッピングのタバスコを追加注文すると、少年は苦い顔をした。


『あんまり掛けすぎんなよ……。この前、お前のオムライスの残り食べた時! タバスコの味しかしなかったんだよ!』

「誰も『食べて』なんて言ってないんだけど……?」

『じゃあ残すな。ちゃんと完食しろ! あっ、俺のはトマト系にします。クォーターってできます?』


 少年は4種類の味を選ぶと、フィリップに向けてサムズアップをした。どうやら、全ての注文が終わったらしい。


『お前の分だけ持って帰る? それとも溜まり場でみんなで食う? 持って帰るなら、ここで解散するけど……』

「いや、いい。持って帰るのも面倒だし、早く戻って食べたい……」

『OK。じゃあ皆でビザパーティーする!?』

「やっぱり帰っていい?」


 あれから、孤独を感じたい時は廃ビルで寝泊まりするようになっていた。そこには既に他人が居ない。崩れかけた小さな楼閣めいた建物に住んでいるのだ。冬が近づくことに少しだけ危機感を覚えながら、フィリップは帰路を往く。


 ずいぶん絆されてしまった。そう彼は思う。孤独を望んでいたはずなのに、なかなか辿り着けないのだ。くたばる時に人は独りになるなら、さっさと散ってしまいたいはずだったのに。未練も呪縛も山ほどあって、未だのうのうと生きている。

 8等分されたピザは、一枚を丸々食べていた時より満足感は少ない。それでも、冷たくないのだ。柔らかい生地は暖かく、それだけで心を満たす。今のフィリップの空虚を満たすには、そういったものが効果的だった。

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独尊サバイバー @fox_0829

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