この世ならざる何者かとの契り

 親に見捨てられ生贄として旧家に引き取られた男児・時生と、座敷牢の奥に住む正体不明の少年・長月彦の、不思議な交流のお話。
 ボーイズラブです。それもホラーテイストというか、旧家を舞台とした和風ファンタジーといった趣の作品。この辺はタグの「因習系旧家」「座敷牢」が分かりやすいというか、それらの語から期待されるであろうものがたっぷり詰まった、ハードでダークな淫靡さのあるお話です。この辺の道具立てというか、あるいはその積み重ね方というべきか、とにかく雰囲気の出し方漂わせ方が本当に丁寧で、浸っても浸ってもまだ沈んでいけるような感覚が魅力的でした。
 読み始めてすぐに興味を惹かれるというか、「おっ」と思わされるのが主人公の〝言葉〟に関しての設定。台詞を見るとどうもおかしいというか、どう解釈しても支離滅裂にしか見えない。にもかかわらず意識や認知は明瞭というか、少なくとも地の文で説明される主人公の思考を見る限り、別に頭がおかしくなっているわけではない。本当に意思の疎通だけができない、つまり発話の時点で言語がおかしくなっているような状態。とどのつまりはこれがタグにあった通りの「文字化け」なわけで、この独特の設定が物語にうまく作用しているのが分かります。
 通常の対話、声による発話で生じる謎の文字化け。認知や概念がバグっている、という現象の、この背筋がゾワゾワくるような不気味さ。旧家の因習、古い怪異を描き出すのに、ある種デジタルな(そのものがではなくて、元ネタというか発想の起点としては)ものを持ってきている、この取り合わせの妙が実に魅力的でした。何がどうしてそうなるのかはわからないけれど、とにかく何がおかしくなっているのだけはわかってしまう、その説得力というか力強い恐怖。
 また、それがただのギミックでなく、話の軸に絡んでいるのがなお好きなところ。この文字化けにより誰とも、少なくとも人間とは対話の叶わなかった少年(男児)の、でも生まれて初めて話の通じた相手。もうこの時点でいろいろ滲み出るものがあるというか、どうみても唯一の存在であると同時に、あからさまに異界の存在であるとわかってしまうのがたまりません。
 明らかにこの世ならざるものである、美しい少年、長月彦。彼の優しさに取り込まれていく様は、どうしても禁忌の扉を開くかのような背徳感があるのですが、でも同時に彼と交わるほどに、時生が人間らしく成長しているようにも見えるのですよね。二律背反、といっては言い過ぎかもしれませんけれど、でも安心なような不安なようなこの絶妙な感じ。そしてその末に辿り着いた、ある種壮絶な物語の結末。起こった出来事そのものを考えると結構すごいことになってるんですけど、でも明確にハッピーエンドとして描かれていて、しかも納得できることのこの、何? 嬉しさ、でもあるのですけれど、同時にゾッとするような感覚も残る。
 うっとりしました。恐怖と背中合わせの美しさと、そこに溺れることの背徳的な快楽。絶妙な恐怖と耽美を描き出した、仄暗くも幸せな物語でした。