きらいなあの子
シメ
ほんとうにきらいなの
きらい。
はじまりは作文コンクールの結果発表だった。くりすはとても頭がよくてセンスもあると自負していた。なのでコンクールに出品するといつも何かしらの賞をもらっていた。今回の作文コンクールでも当たり前のように奨励賞をもらった。とてもいい賞だ。
だけど、
くりすにとって賞状の授与のために全校集会で壇上に呼ばれるのはとても光栄なことだったはずなのに、なんだかその日は見世物にされてるような気持ちになった。隣に並んでいるのえるはいつもと変わらないニコニコとした顔だった。
のえるはそれまでは特に目立つ子じゃなかった。よくいる普通の女の子で、特別何かができるってわけでもなかった。よくいるクラスメイトのひとり。くりすにはそう見えていた。
全校集会が終わって教室に帰ると、のえるさんすごいわ!くりすさんも頑張ったわね!と先生が褒め称えた。それに口切りにクラスメイトのみんなも、すごい!さすが!のえるさんやるじゃん!などと好き勝手にしゃべりだした。
くりすと仲のいい子は「やっぱり私はくりすちゃんには勝てないよ〜」と入選の賞状を片手に遠回しに慰めてくれた。でも今のくりすにはどんな言葉もちくちくと胸に刺さるような気がした。
それでもくりすは「ありがとう。でもあなたの作文もよかったよ」と口に出すことができた。この子は何も悪くないんだ、今回は運がなかっただけだと自分に言い聞かせると、少し気持ちが落ち着いていく感じがした。
先生は手を叩いて生徒たちのおしゃべりを止めた。そして「さあ、みなさんも頑張りましょうね。じゃあ今日の授業ですが――」と話し始めた。
それから、くりすはどんどんのえるに負けていった。絵画コンクール、読書感想文コンクール、自由研究のコンクール、書道のコンクール……。コンクールだけじゃない。テストの点数や知ってる国の数、体力測定にプールの泳げる距離……くりすはのえるに何でも負けてしまうようになった。
一番得意だったシャトルランの回数さえ超されてしまったときには、くりすの目にも少し涙がにじんだ。だけど腕でぬぐって何もなかったかのように振る舞った。自分が離脱してからも響くチャイムの音はやたらと胸を締め付けた。仲のいい子は黙って隣で体育座りしてくれた。
だんだん先生もクラスメイトもくりすよりのえるに注目しだした。そしてくりすはみんなから上辺だけで見られていたことに気がついた。そばには本当に仲のいい子しかいなくなった。いつもたくさんの女の子と一緒にいたのに、気がつけば二人きりだった。みんなはのえるの机を囲みだした。
のえるちゃんすごい!のえるちゃん天才!のえるちゃん何でもできる!
そんな声が毎日くりすのところにも聞こえてきた。うんざりするのにもうんざりして、そういうものだと諦めた。
くりすと仲のいい子は耳元に口を近づけて「くりすちゃんだってすごいもんね」と小声で言ってニヤリと笑った。くりすもその子の耳元に口を近づけて「あなたもすごいよ」と小声で返した。そして二人で声を出して笑った。
その後くりすは頑張り続けた。のえるに勝ちたい。ちやほやされるためじゃなくて、勝つために勝ちたい。ただそれだけのために。
くりすは休み時間も学校が休みの日も練習や特訓や勉強に明け暮れた。それでもくりすと仲のいい子はずっと付き合ってくれた。くりすはその子にとても感謝した。
一方でのえるは友達だか取り巻きだかとドッジボールしたり、おえかきしたりと遊んでばかりしているようだった。そんな様子を見ていると、くりすに勝ちたい気持ちがよりむくむくとわいてきた。すぐに追い抜いてやるんだから。算数の教科書の予習はもう終わりの方まで進んでいた。
ある木曜日のことだった。その日はくりすが日直の日だった。本来ならとある子がくりすと一緒に日直をやるはずだったが、風邪を引いて休んでしまった。
そこで代理でやることになったのがのえるだった。
朝に先生から知らされたときにくりすはむっとしそうになったが、我慢して「わかりました」と笑顔で返した。先生は「のえるさんとくりすさんなら何も心配はいらないわね」とのんきに言って教室を出ていった。
小さくため息をついて、くりすは黒板の日直欄にあった名前を消して「
「わかった、頑張ろうね!」
のえるはピカピカな笑顔で言った。くりすはあまりのまぶしさにたじろいだ。
当たり前だけど、くりすとのえるのことなので日直の仕事は順調に進んだ。プリントを運んだり、黒板を消したり、予定を書いたり、教材を準備したり。誰が見ても文句一つつけようがない仕事っぷりだっただろう。普段だったら日直以外の子も手伝うような仕事も二人だけでこなしていった。
しかし、二人は必要以上に会話することはなかった。でも決して仲が特別悪く見えるような様子でもなかった。お互いに必要なものややるべきことがすぐに分かって、言葉を交わす前に体が動いていたから。のえるの取り巻きとくりすと仲良しの子はその華麗な姿に見惚れていた。他のクラスメイトも口をぽかーんとあけて見ていた。毎日二人に日直を任せられたらなあ。そんなことを言う子もいた。
結局、その日の仕事は二人っきりで終わらせてしまった。そんなことは滅多にないので先生は二人のことをベタベタに褒めちぎった。しかしくりすは不満だった。だってくりすだけが褒められているわけじゃないんだから。
くりすが帰ろうとすると、何故かのえるに引き止められた。
「話したいことがある」
くりすと仲のいい子は不安がったが、くりすは不思議と大丈夫な予感がしていた。そしてくりすはのえるの後をついて校舎と校舎の間へ消えた。
到着した場所は使われなくなった焼却炉のそばだった。この焼却炉はゴミを燃やさなくなってもう数十年も経つらしい。
のえるは焼却炉のそばに立ちどまった。
「何か用があるんでしょ」
くりすは無駄が嫌だから、本題にいきなり切り込んだ。
「うん」
のえるは即答した。そしてこう続けた。
「私って少し頑張ったら何でもできる人間なんだ」
それはくりすにもよくわかっていた。普通の子から何でもできる子へ。あまりにも唐突だったし。
「だけどもう頑張るのはやめることにした」
のえるは下がり眉で笑った。
「なんで……どうして?」
くりすは唐突な告白に困惑していた。できるのにやめてしまうなんて、もったいないとしか思えない。私なら全国一だけじゃなくて世界一だって目指しているぐらいなのに。
くりすの困惑を気にせずに、のえるは言った。
「私、もうすぐこの学校を離れる。体にどうしようもなく悪いところがあるんだ」
夕暮れに染まりかけた空。それを見ながらのえるは話し続けた。
「入院したらもう戻ってこれないかも。今までみたいに勉強したり、絵を描いたり、ドッジボールしたり、泳いだり……何もできなくなるかもしれない」
のえるはくりすに背を向けた。
「残った時間を楽しもうと思って全力出しすぎたかも」
「そんな……」
「『目の上のタンコブ』みたいな存在になっちゃったよね。それはごめん」
のえるはまだ習ってもない言葉を使って話しだした。でもくりすには意味がわかった。
「……」
「もうすぐいなくなるから、それで許して。それに」
急にのえるは焼却炉の蓋を開けた。その中にはのえるが手に入れた賞状や盾、トロフィーなどが入れられていた。
「これももういらない」
のえるはポケットからマッチ箱を取り出した。そしてマッチを取り出し、火をつけて焼却炉の中に投げこもうとした。しかし、くりすがそれを妨害した。
「それは、だめ」
くりすは思わず火のついたマッチごと握りしめた。そして慌ててマッチを地面へ投げ捨てた。
「何してるの!?」
慌ててのえるはくりすの手を見た。赤くなり軽い火傷になっていた。それを見て水道のあるところまでくりすを無理やり引っ張っていった。
「だって……だって……」
引っ張られながらもくりすは泣きじゃくりながら言葉を紡ごうとしたが、絡まってわけが分からなくなっていた。
のえるは無理やり水道の水でくりすの手を冷やし始めた。蛇口は開きっぱなしだ。
しばらく水の流れる音だけが流れていた。くりすも、のえるも、誰も口を開くことはなかった。
最初にしゃべりだしたのはくりすだった。
「私は……のえるちゃんに勝ちたいって気持ちだけで頑張ってたの。なのに勝った人があんなことをする姿を見せられると……すごく……悲しいよ……」
くりすが本音で話すのはとても珍しいことだった。本音を話しても誰の得にもならないと無意識に感じ取っていたから。先生にも、クラスメイトにも、誰にも本音で話したつもりはなかった。
そんなくりすの本音を聞いて、のえるは複雑そうな顔をした。
「まさかくりすちゃんがそこまで『感受性豊か』な人とは思わなかった」
悲しい顔をしながら続けた。
「怒るだろうなとは思ってた。けどまさか火を消すまでするなんて想像できなかった」
のえるは水で冷やされるくりすの火傷の跡を見ながら言った。
「私の完敗だ」
そしてのえるは水道の栓をしめた。くりすの火傷はもうほとんど見えなくなっていた。くりす自身も痛みを感じていなかった。
「でもね」
のえるはくりすにハンカチを渡し、口を開いた。
「しばらく入院するのは本当だし、悪いところがあるのも本当」
いたずらっこみたいな笑い方をしたのえるは楽しそうだった。
「だけど、ただ摘出して、縫合して、経過を見るだけ。命に別状はないってさ」
だから遅くなるけど帰ってくるよ。のえるは歯を出して笑った。
「それからまた戦おう。私もやる気をもらえたし」
のえるはくりすのことをぎゅっと抱きしめた。くりすは火傷してない方の手で抱きしめ返した。
「私、くりすちゃんが私に勝つために頑張ってる姿を見るのがとても楽しかった。だからいっぱい頑張った」
「そんな風に見てたの?」
「だって、いつも必死だから。でもいつもあの子がそばにいてくれてたね」
「……ひとりぼっちだったら勝つ気もなくしてたよ。それに、頑張ろうと思えたのはのえるちゃんのおかげ……」
「そういう物の見方もあるのか。覚えておくよ」
「のえるちゃんって意外と抜けてるのね」
「でもくりすちゃんより勝ってるし」
二人は抱きしめあいながらたくさん話した。心配になって見に来たくりすと仲のいい子は、二人とも満足そうな笑みを浮かべていたのを見て同じように笑った。
一週間後、のえるは自身が言った通りに病院へ入院した。臓器の一部摘出。完全に元の生活へ戻れるわけではないけど、それなりに元の生活はできる。手術する前日、のえるはそうくりすに言っていた。
手術するまでの間、くりすはできる限りのえるの病室へ足を運んだ。そしてたくさん話をした。学校の話も、今進めてる自由研究の話も。のえるはどんな話も楽しそうに聞いてくれた。
何故か手術を終えてから、のえるにはなかなか会えなくなった。くりすは学校でも元気が出なくて、仲のいい子にいつも心配されていた。そんな状態でも、クラスで一番賞を取って、足が早くて、泳げる距離が長くて……そんな子になってしまった。のえるがいないせいで。のえるの取り巻きはくりすの取り巻きに戻ってしまった。仲のいい子と二人だけの会話をするのも一苦労になってしまった。
春が終わり、夏が過ぎ、秋が来た。それでものえるは来なかった。クラスメイトはのえるのことを忘れかけていた。でもくりすは毎日のえるのことを考えていた。手紙も書いてみたが、返事が帰ってくることはなかった。
雪がしんしんと降る冬の日。今日もくりすは教室でぼんやりと透明に過ごしていた。気がつくと休み時間だった。
「『魂の抜けた顔』してどうした」
背後から聞き覚えのある声がした。思わずくりすが振り向くと、そこには少し痩せたのえるの姿があった。あの、のえるだ。
くりすは思わずのえるに抱きついてしまった。のえるは両腕で強く抱き返した。
「そういうところがきらいなの!」
きらいなあの子 シメ @koihakoihakoi
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