4.


 先ず仕事を辞めた。


 次期社長だなんて言われていたけど、夢のためならば仕方がない。勝手な離職だったのに僕のために泣いてくれる同僚や部下達には、申し訳なくて、でも少し嬉しかった。


 煙草と酒を止めるために病院へと通うようになった。病院では酒、煙草以外でも生活態度についてこっ酷く叱られた。もう何年行ってないか忘れるほど行ってなかったが医者からはそれ以外病気などについては特に何も言われなかったので少し意外だった。


 生活リズムを変えるのは、辛かった。特に酒、煙草、濃い食事を制限することはとても辛い。それでも夢の為と思えばどんなに辛い事でも頑張ることができた。夢、これが僕の生きる為の道標。


 そこで、ふと思ってしまう。僕の夢は60代で、幸せに死ぬことだ。


 僕は60代で死ぬことばかりを考えすぎて僕自身の幸せを深く考えてこなかった。


 僕は、どうすれば幸せになれる?


 60代を迎えることが出来るかどうかの瀬戸際で僕は健康的かつ幸せな生活を目指すことにした。


 健康的と言えばやはり日々の運動だろう。毎朝毎晩ランニングをするようになった。と、いえど初めの頃は10分もしないうちにウォーキングになっていた。1ヶ月経ち2ヶ月経ち徐々にだが走れる距離が伸びていく。健康診断もそうだったが、どうも僕は少しずつでも達成感があることに対して幸せを感じるようだ。毎回走ることが楽しみになってきている。ならば僕は60代でマラソンを完走することを目標としよう。それを達成出来ればきっと幸せな終わりに向かえるはずだ。


 走るだけでは健康にはなれない。食生活も大事だ。日々の食事は自宅で食べるインスタント食品ばかり。当然のように味の濃いものばかりで栄養バランスなど気にも留めていなかった。仕事を辞め時間は有り余っているので折角だから自炊を始めることにした。簡単でヘルシーなレシピを調べては作ってみると、案外それなりに出来てしまった。達成感はあった。ちょっと物足りないな、などと思い手の込んだレシピをドンドン調べては失敗し調べては成功を繰り返す。いつの間にか空にした冷蔵庫には食材や調味料が所狭しと並ぶようになっていた。目標というわけではないが、僕は最後の日も料理をしようと思う。そうしたいと思えること自体が幸せだと思うから。


 前回の健康診断から1年が経った。


 あの頃と比べものにならない気持ちのよい目覚めで1日が始まる。顔を洗ってから日課のランニングだ。近くの公園を昨日は1時間かけて5周半だったが、今日は6周走ることが出来た。帰宅後シャワーを浴びて朝食だ。今日はパンと目玉焼きにサラダとデザートのリンゴ。わざわざ買ったトースターは正解だった。カリカリに焼けたトーストがこんなに美味しいものだと知らないままに死ぬところだった。


 僕は今、幸せなのだろう。60代で死ぬことが叶わぬ夢だったとしても、僕は最期まで生きようと思えるのだから。


 そして、健康診断を受けにきた。


 何度も何度も受けてきた健康診断だけど、今日は今までとは全く違う。いつ死ねるかではなく、いつまで生きられるかを聞きに来たのだから。


 「余命200年です」


 僕は知らなかったのだけど、最近の医療技術は目覚ましい発展を遂げているらしい。少量の投薬であらゆる病気への抵抗を高めたり、寿命すら延ばせるといつかのハゲたオジサン先生が教えてくれた。



 ただ1つだけだった僕の夢が終わった。これから新しい夢とどれだけ出会えるのか、楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余命200年 泉ゆう @IzumiYOU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ