第7話 白鳥の湖 エピローグ
明子が目覚めたら病室だった。
カーテンコールをしながら気を失ったのだ。
白い部屋で布団から何もかも真っ白に見えた。
明子は精神病院かと思う。映画でこうゆう部屋がよく精神に異常をきたした人が入っているイメージ、すべてが白で色がない。
「白鳥の湖」の舞台はすべてが夢か自分がおかしくなり見たものだ、だから入れられたのだ。
傍らの椅子に久美がうたたねしながらチョコんと座っている。
明子は手をのばし久美を揺り動かす。
久美は目覚めながら、
「起きました。良かった。」
久美は明子の手を握り
「もう、大丈夫。過労です。それと絞りすぎ。おいしいものを食べに行きましょ。」
「頭は大丈夫なのね。」
「え、なにが?」
「だから、ここ精神病院じゃ」
「何のこと?」
「舞台」
「ああ、あれは現実です。私も感激しました。夢のような体験でした。頭がおかしくなったわけじゃありません。」
「そう、では何だったのだろう。」
「わかりません。がんばって、がんばって努力、努力の奇蹟。」
「そう」
と明子は答えたが、奇蹟は起こらないものだと思っている。
バレエは奇蹟やファンタジーはない。毎日の努力、努力しかないのだ。才能があるないなどと努力をしないものがたわごとのように言う。
もしバレエの才能があるとするなら、それは毎日、努力できる精神力と体力だ。
努力、忍耐、継続。究極のアナログ世界なのだから今は死語のことばかりだ。
気持ちの方は誰よりも好きなので辛いと思ったことがない。体力は健康に生んでくれた両親に感謝しかない。五体満足でいつまでも踊っていられる。
最近は左足の膝がとくに悪いのだがこうしてまだしがみついていられるのは若いときの鍛錬のおかげた。
「久美、明日退院できる。」
「2、3日はだめですね。」
「レッスンしたいんだけど。」
「それはもう少し無理ですね。」
「そう」
「のんびりしましょ」
「うん」
明子はレッスンをしなければ不安なのだ精神安定剤のようなものだ。せめてバーだけでもできればいいな。目をあければ横になっていられないのだ。
12月は「くるみ割り人形」の公演が待っている。
他の作品と違い「くるみ」のツアーは女性団員が元気になる。
「白鳥の湖」のツアーだと体力的にもハードで白ものは気持ちが落ち込む。女性団員の誰かが具合が悪くなりリタイヤする子が度々いるのだが、「くるみ」だと滅多にいない。
楽しいのだ。
明子も毎年の恒例のこのツアーが大好きだ。
片岡道のことを思う。彼は誰だったのだろう。
「道君はいつからバレエ団にいたっけ?」
と明子が久美に聞くと
「半年くらい前からじゃないかな。もうちょっと後かな少なくともこの白鳥の振付が3ヶ月前から入らないと新演出だったのでメンバーには入れなかったはずです。」
と久美も彼がいつ入ってきたのがあいまいだ。とくに男性はゲストも多いので入れ替わりが激しい。
「どんな子」
「まじめな子です。。それと素直。私の注意もよく聞いてくれる。踊りをみればわかると思うけど癖がなくていいダンサーですよね。」
「そうね」
「穏やかでいい子です。」
「うん」
道のことを調べるつもりもないが、自分の子であるわかけがない。でも成長していたらあんな好青年になってくれたかな。
明子は、とても素晴らしい体験をしただけでいいんじゃないかと思っている。
そしてまだ踊れる希望をもらった。
ロットバルトの愛情 之 比日 @H_h_BALLet
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