エピローグ

 薔薇の意匠の鏡はガイルの言ったとおり眺めていると不思議と落ち着く代物で、俺はその鏡面を薄暗い路地でじっと見つめていた。ガイルを殺した後、気が付くと一週間前に時が巻き戻っていた。そして、中々に時間がかかったが通りの店を駆け巡りこの鏡を見つけ出したのだ。

 この鏡がすべての元凶・・・。この鏡さえなければ、俺がソフィアを殺すこともガイルを生贄に捧げることもなく、当然がホクダル人によるフェートン人虐殺も起こらなかったのだ。だからこの鏡は忌むべき存在だというのに、俺から負の感情を消し取り安らぎを与えてくれるのは確かで中々目を離せない。目を離せば再び深い自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。いや、そうあるべきなのだ。俺は安らいで良い人間ではない。邪神の力を借りたというだけでなく、ガイルを俺の都合で殺した大罪を背負った人間、そうだ、一生苦しむべきなんだ・・・。あの時、寧ろ恋人を殺した罪深い俺をガイルに殺してもらった方が良かった。そうすべきだったのに・・・やはり俺は人間の屑だ。


 ホクダルの南部にある森に来ていた。この鏡を永遠に葬るためである。幾たびも悲劇を引き起こしただろうこの忌々しい鏡をどうやって処理すればいいのか考えた結果、埋めることにした。割ろうかとも思ったが、一体何が起こるかわからないから止めておいた。二度と人の手に触れないであろう森の奥深くの地中に埋めれば二度とその効力を発揮することはないと考えたのだ。

 スコップで硬い土を掘り起こしていく。数時間掘り続けただろうか、その時には俺の前に大穴が出来ていた。傍に置いていた巾着に入った鏡を手に取り、大穴の中心の最も深い所に置いた。そして、そこに土を被せていく。鏡を埋めるこの一連の作業はまるで俺が殺したガイルの死体を埋めているような感覚を強烈に与えた。目頭が熱くなって涙が零れた。


「どうしたんだ、急に訪ねてきて。それに、その顔・・・何があった?」

 ガイルの家に俺はやってきていた。

「ガイル、実はお前に謝らななければいけない事がある」

 ガイルに目を合わせることが出来ず、目を伏せて言った。

「・・・何のことだ? 別にそんな事は何もないと思うが」

「済まない、ガイル。本当に済まない」

 目をガイルに合わせた。

「いや、だから何のことだ?」

 ガイルは不思議そうな顔をしている。まあ、当然だ。事情を・・・俺の罪を・・・すべて話そうかとも思ったが、そんなことは出来そうもなく、ただ謝りに来たのだ。

「何の事かはわからないのは承知だが、とにかく謝らせてくれ。本当に済まない」

 結局の所、この謝罪はガイルのためでなく、俺自身のためなのだ。自身の罪悪感を少しでも軽減しようとしているだけの、実に身勝手な行いなのだ。つくづく俺は卑怯だ。


 数日後、ガイルの叔父から訃報が届いた。ガイルが事故で死んだとのことだ。時を戻す前、俺がガイルを殺した日と同じだった。実はひょっとしてガイルは死なないのではないかと僅かな希望を持っていたのだが、そんなことは夢物語だった。ガイルは確かに事故で死んだ、いや、実質的には俺が殺した。俺が殺したのだ。ああ、俺はこの先、永遠に罪を背負って生きなければならないのか・・・。

 肘を机につき両手で顔を覆っていると愛しき声が聞こえた。

「ねえ、最近どうしたの? 何があったの?」

 顔を上げると、そこにはソフィアが心配そうな顔を覗かせていた。

「別になんでもないさ。心配しなくていい」

 俺がそう言っても当然ソフィアは変わらず心配そうにしていた。ソフィア・・・我が愛しきソフィア。一度は君を殺してしまったが今はこうして生きている。俺はソフィアにもう一度会うためにガイルを殺した。だが・・・そうだ、これは確かに罪だがそもそも殺人を強要されたあの時、俺がソフィアを殺さなければ、俺とガイルは殺されソフィア含む人質も遠からず殺されていただろう。だから、あの時の選択は間違ってはいなかった。そして、俺は確かにガイルは殺したが大勢のフェートン人を救ったんだ。むしろ、俺は善い事をしたんだ!

 こうでも思わなければ、この先生きてはいけそうにない。俺は一生卑怯な人間として生きていくしかないのだ・・・。

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