雑木林のツチノコ神

白里りこ

ツチノコちゃん


 年に一度、落ち葉の季節になると、カメラを持って近所の山道を散歩しに行くのが、一希かずきの習慣だった。

 家の農家を継ぐことになってからは、収穫の時期の気晴らしのために、忙しくても必ず行くようにしていた。


 山といってもただの雑木林に過ぎないけれど、決して景色は悪くないし、涼しくていいリフレッシュになるのだ。

 一時間くらい歩くと、尾根の付近の開けた場所に出る。


「よいしょ」


 斜面に腰をかけた。


 見晴らしがいい。向かいの山の紅葉が綺麗だ。麓の村の家々や駅が小さく見える。一時間に一本ある電車が、今ちょうど出て行ったところだった。

 秋晴れの空は高く、空気は澄んでいる。


(今年はどんな写真を撮ろうか)


 ボゴォン!!!!!


 右手前方で爆音と共に土煙が舞い上がった。まるで地雷が爆発したかの如し。静穏な山中には似つかわしくない。


「はい?」


 一希はカメラを仕舞って立ち上がった。斜面を駆け下り、爆発のあった木立の近くへと駆けつける。


 土埃はまだおさまっていない。その向こうに、老木が倒れていた。その根元には大穴があいていて、辺りには木片が散らばっている。


「地面と木が……爆発した?」


 まったくもって意味が分からない。


 ぺた。


 突如、ほっぺに冷たいものが張り付いてきた。


「……?」


 引き剥がすと、それはトカゲだった。

 でも手足がなく、お腹がぽっちゃりしている。

 トカゲというか……。


「ツチノコ」

「いかにも、我はツチノコである」

「わ」


 ツチノコが喋った。

 ヘリウムガスでも吸い込んだかのような声音だった。


 何なんだろう、この状況は。

「……」

 一希はツチノコの薄茶色の尻尾をつまんでぶらぶらさせた。


「これっ、やめい。やめんか。無礼であるぞ」

 ツチノコはキイキイ声で文句を言った。

「そうなの?」

「我はツチノコ神ぞ。もっと敬え」

「それは、失礼しました。あの、ツチノコ神さま?」

「何じゃ」

「そこで、地面が爆発して木が倒れたのは、ツチノコ神の仕業ですか?」

「いかにも」

「ふーん」


 ツチノコ神は手のひらの上にふんぞりかえっている。

 一希は倒木に近づくと、ツチノコ神を木の幹に置いた。

 それから素早くカメラで写真を撮った。


「? 今のは何じゃ?」

「写真を撮ったんだよ。ほら」

「どれどれ」


 一希がカメラの画面を見せると、ツチノコ神は目を丸くした。


「ほーっ。これはよい出来の絵じゃのう。小僧、これを我がほこらに飾れ」

「祠なんてあるの?」


 途端にツチノコ神の表情がしわしわになった。


「我も忘れ去られて久しいからのう……。よろしい、我が案内してやろう」

「はあ……」

「進め。その林の中じゃ」


 一希はツチノコ神の導くままに、山を降り始めた。辛うじて残っている獣道を、落ち葉を踏み分けて進んでゆく。


 道中、ツチノコ神はえらそうに一希に語って聞かせた。


「あの斜面の草原くさはらや、周囲の木々は、我が手入れしておるのじゃよ。今日は少々荒療治じゃったがのぅ、死んでしまった木をどけて、周りに日の光が入るようにしたんじゃよ……。あそこではまた新しい植物が伸びてくるようになるぞ」

「へえ」

「昔は春になると村の皆があの草原に集まって、花見をしたものじゃ。しかし桜の木がみんな病気で枯れてしもうてな……以来めっきり音沙汰無しじゃ」


 二人は三十分ほどで、整備の行き届いていないコンクリートの小道に出た。


「あれ、この道、うちから車で行けるとこじゃん……。まさか祠ってあれ?」

 一希は前方を指差した。崖に小さな窪みが掘ってあって、そこに手乗りサイズの古びた鳥居と、お堂らしきものが収まっている。


「いかにも。そこに、我の絵を飾るがよい。我の存在を知らしめるのじゃ」

「知らしめていいの?」

「無論」

「じゃあさ、ちょっと祠に入ってみてよ」

「よかろう」

「そこで、自己紹介してみて?」

「よかろう」


 一希はスマホを取り出した。

 こうして一希のSNSで拡散されたツチノコ神の動画は、大きな話題を呼んだ。


「かわいい」

「本物みたい」

「どうやって編集してるの?」


 ツチノコ神はCGキャラクター「ツチノコちゃん」として、ネット上でブームになった。


 一希は、ツチノコ神に動画を見せに行った。

「知らしめてあげたよ」

「うむ」


 ツチノコ神はつぶらな黒い瞳をきらきらと輝かせていた。


「信仰心が集まるのを感じる。我は満足じゃ……」

「ツチノコちゃんはさ、この山を離れられないの?」

「そんなことはないぞ。十干じっかんが一巡りするまでの間は離れていられる」

「ええと、十日間ってこと?」

「そうじゃ」

「じゃあさ、うちに来ない?」


 ツチノコちゃんの動画のバリエーションが増えた。一希はツチノコちゃんを家や田んぼで撮影したり、車に乗せて色んなところへ連れて行ったりした。

 もちろん、人目につかないことが肝要だ。ツチノコちゃんが実在するとバレたら、何か良くない気がする。


 ツチノコちゃんの動画の再生数は爆発的に伸び、ツチノコちゃんの写真集も出版された。ファンも大量発生した。ツチノコ神の口癖は「我を敬え」なので、ファンの一部が熱心な信者と化すまでに、そう時はかからなかった。

 あまりの反響ぶりに、CGクリエイター一希のもとに取材のオファーが来るようにもなったが、一希はこれらを頑なに固辞した。


「何故、おふぁーを受けぬのじゃ?」

 山の中の草原で、ツチノコ神は小首を傾げた。

「僕はCGクリエイターじゃないからね」

 一希はシャッターを切った。小首を傾げた愛くるしいツチノコちゃんの姿が撮れた。

「よく分からんのぉ」

「いいんだよ。ツチノコ神はツチノコ神のままで」


 ツチノコ神がオカルト風に話題になることも、科学的に研究されてしまうことも、決して良い結果を生みはしないだろう。そう一希は考えている。

 ツチノコちゃんは、あくまでキャラクターとして崇められるべきなのだ。山の小さなヌシで、木々の手入れをするのが仕事の、可愛らしいUMAのキャラクター。


「さて、今日はそこの木の枝を剪定するぞい。見ておれ、一希よ」

「動画に撮ってもいい?」

「無論」


 ツチノコちゃんのお仕事動画は、撮るのにかなり苦労を強いられたが、その甲斐あって動画はとてもいい出来になった。

 一希とて、ツチノコ神の存在に頼って闇雲に撮影していたわけではない。機材もちゃんとしたものを揃えたし、本で動画編集の方法を勉強したりもしている。一希はCGクリエイターではなく動画編集者としてはプロ並みに有名になったのだから、そこは手を抜けない。

 視聴者にも大変ウケが良い。


「かわいい〜!」

「相変わらずの高クオリティ」

「ツチノコちゃん大ファンです!」


 やがてツチノコちゃんのグッズが発売された。生憎、農作業が忙しいので、一希は都会に出ていく時間を取れなかったのだが、ぬいぐるみやイラストはなかなかに好評だったらしい。ツチノコちゃんへの信仰心とお布施はドンドコ集まっていった。


 そのお金で、一希はツチノコ神に、新しい祠をプレゼントした。職人さんに注文して作ってもらった、ミニチュアの鳥居とお堂。

 最初はおそるおそる様子を見ていたツチノコ神だったが、入ってみると居心地が良かったらしい。くすくすと笑い声が聞こえてきた。


「一希よ」

「何?」

「我は感謝するぞ」

「どういたしまして」

「一年前のあの日、枯れ木を片付けたのは、実に運の良いことじゃった」

「僕も、あの日あの場所へ行っていて良かったと思うよ」


 二人はすっかり、よき親友になっていたのだった。


 一希は、とれたてのお米で炊いたおにぎりを枯葉にのせて、祠にお供えした。


 ツチノコ神に幸あれ。



 おわり

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雑木林のツチノコ神 白里りこ @Tomaten

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