Veracious
「…ユーゴ?」
やせ細ったユーゴの顔、腕、指。
変わり果てた彼に傍立つ死神さえ見える。
ユーゴは起き上がる。
「…サクホ。」
酸素マスク越しに伝わるその声は細く、かつての音は失われていた。
「…何があったの?」
「えっと「悠吾は病気なんです。」
ユーゴの声を遮って太ったおばさんが喋った。
今までユーゴに夢中で気づかなかった。
「えっと、あなたは…。」
「悠吾の母です。」
かけている眼鏡をクイッと上げる。
「あなた!悠吾の何だかは知りませんが…金輪際関わらないでいただけますか!?」
おばさんは指をさして声を荒げる。
「どうしてですか!?」
私も対抗すべく声をあげた。
「はっ…どうしてもなにも…あなたと出かけようとした日にこんなことになったんですよ!?今まで悠吾は…無茶なことなんかしたことなかったのに!!」
「え…。」
おばさんの怒号は部屋中に響き渡っていた。
その時
「お母さま、ちょっとよろしいですか?」
ノックと共に白衣を着たおじさんが入って来た。
多分…主治医ってやつだ。
「すいませ~ん、大きな声なんか出して…!」
「いや、そうじゃなくて…少しお話したいことが…。」
「あ!そうでしたか!!ホホホ!」
2人は部屋から去っていった。
「…ごめんね、サクホ。」
「ううん、大丈夫。こうして会えただけでも嬉しい。」
「実は僕…病気みたいなんだ。」
しゃがれた声で言う。
「うん。」
「それも…原因不明で。」
「え…?」
「いわゆる不治の病。治療法も確立されてない。」
ユーゴのその声は心なしか震えていた。
「ごめんね…僕は君のことを幸せにはできないかもしれない。」
目が熱くなってきた。
「ううん…謝らないでよ。」
涙を落とさないように拭った。
「…私にできることがあったら言って!」
ユーゴの手を握る。軽く、冷たい。
「…ありがとう…サクホ…。」
私はそれでも強く手を握る。
「ユーゴ…。」
少し息を吸う。
いい匂いだ。
いつか嗅いだユーゴのにおい。
「大好き。」
「…僕もだよ。」
ユーゴは少し微笑んだ。
「大好き…!」
思わずユーゴに抱きついた。
前に抱きついた時より細い。
「うっ…僕も、大好きだよ。」
私のことをなでる。
「サクホ…ごめん。」
私の肩を持ち、私の顔を見る。
「母さんがいない今のうちに帰って。」
「え…。」
「さっきの見たろ?僕はサクホを傷つけたくない。」
ユーゴの目は真剣だった。
「…うん。」
私はドアの方へと向かった。
「サクホ。」
彼の声に振り向く。
「何?」
「また来てね。」
ユーゴは小さく手を振る。
「…うん!」
私は前を向き、トボトボと帰る。
病室が遠ざかっていく。
明日も来ようかな。迷惑じゃないかな。あのヒキガエルを轢いたようなおばさんに遭わないようにしないと。
「嘘よ!!そんなことはないわ!!悠吾をこんなに大切にしているのになんてことを言うんですか!!」
怒声が通りかかったドアから聞こえた。
「え…?」
そば耳を立てる。
「ですから、そういう意味ではなく…お母さまが一度精神科を受診されては如何かというお勧めを。」
「そういう意味じゃない!!私が病気だと!そう言いたいんでしょ!あなたは私と悠吾の何を知ってるのよ!!検査結果異常なしだとかデタラメなことを言って!!この!!ヤブ医者!!!」
あのおばさんだ、太ったヒキガエルを轢き潰したようなあのおばさん。
「落ち着いてください、息子さんにつきましては大変ご傷心かと存じます。ですが、精密検査をしたところ異常はなかったんですよ。もしやと思いまして一度お母さまと息子さんの精神的な検査をですね…。」
「うるさいわね!!あなたは昨日今日出会ったからそうやって適当な心ないことをぬかせるんです!!!私は悠吾を産み、育ててきました!!そんな私が異常だと!おかしいと言っているんです!!それを…異常なし!??信じられないわ!!話の分かる人を呼んで!!」
え…、まさか…!
「いや、ですからね「呼びなさい!!今すぐ!!」
私は駆けだす、さっき別れを告げたあの病室へ。
遠く離れていったあの病室へ。
「ユーゴ!!」
ドアを勢いよく開く。
「…サクホ…?」
「ここに居ちゃダメ!!」
ユーゴに繋がれた管を強引に引き抜く。
「ユーゴ!」
私はユーゴのその枝のような手を握り、優しく引っ張った。
「どうしたの?」
「いいから行くよ!!」
走る走る走る
院内は走ってはいけない。
そんなこと分かってる。
でも止められなかった。
ユーゴを守りたい、その一心で。
走る、目の前には注意を払いながら走る。
あ!
「あなた!!まだいたの!!」
ヒキガエルおばさんだ。
怒りすぎて茹でたエビのようになっている。
でも無視して走る。
「ちょっと!!え!?悠吾ちゃん!!!?」
「…。」
ドタドタと追いかけてくる。
それでも私たちは走る。
いつしかおばさんはこけた。
エレベーターの前までついた。
生憎稼働中、待ってられない。
「ハァ…ハァ…なにがあったの?」
近くの階段を使おう。
ドアを開ける。
他とは明度の違うその空間はどこか別の場所へ行くための近道にさえ思えた。
「…ねえ、サクホ?」
「あっ、ごめん…あの…ユーゴの病気って偽物、つまり仮病らしいんだ。」
階段を1段ずつ降りる。
手を繋いで。
「どうやってるか知らないけど…お母さんにやられてるんだよね?…ユーゴを助けたい。」
「あーあ、バレちゃったか。」
「…え?」
私は振り向く。
ゴロゴロゴロゴロ、ドスン。
上が下に、下が上に、目まぐるしく変わる。
頭が熱い、鼻も、私の中にある何かが…ドロドロと流れ出す感触を覚える。
薄れゆく意識の中で見たその顔は
まさしく死神だった。
5ヶ月後
〇〇警察署は昨日昼頃、〇〇市内の●●山の山中で身元不明の遺体を発見した、と発表しました。
発表によると性別は女性、年齢は10代後半から20代ということで…
某日 とある新聞より一部抜粋
3つの真実 HalTo @HalTo
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