重い、思い悩み

……………











部屋で一人になると、考え事が湧いて出てくるもので。

思考の濁流は止むことを知らず、その癖に何も言わず。勝手に正解を出してくれる訳では無いこいつらをどうにかするには、右も左も正しい方向も分からない状態で少しずつ自分なりの回答を手繰り寄せるしかない。


寝台ベッドの上から床に置かれたバックパックを見た。色々と持ち込んだが、役に立つのかは不明だ。

例えばスケッチブックは今日使ったばかりで、色々な衛生用品だってさっき使った。それにメモ帳はこれから必要な情報を書き留めていくために使っていくだろう。

逆に、に使うための道具は今はまだ使えたものではないだろう。というか、それができる域まで達していない。


改めて課題の整理をしてみよう。

今日浮き彫りになったのは、まず実際の戦闘を行うのには心構えができていなかったという事。

それともう一つ、この辺りの地理に詳しくないということ。


前者の対策は……メンタルトレーニングでどうにかしよう。こればかりはすぐに解決できるものでは無い。

後者は単純。歩き回ろう。可能であればこのロッジ内も。しばらくの間はここに住むことになるだろうし。


しかし散策となると、交戦する危険性というのはどうしても無視できない。

逃げればいいというのは分かってはいるのだが、確実に撒けるかと言われると……相手の実力が未知数である以上、安心してYESと答えられないのが現実だ。

まずは逃げる時の体の使い方と地形の活かし方も覚えるべきだろう。この辺りの森は樹高が非常に高いのが特徴。木々の葉の中に隠れるというのは難しいかもしれないが、うまく登ることができれば確実に逃げられるはずだ。

『逃げればいい』。時間稼ぎであっても、その場しのぎであっても、その先に僕の望む力があるのであれば、今はそれに時間をかけようと思う。


「……さて、確認。」


右手を開き、意識を集中させる。心臓の辺りに浮かぶハート型の物体から、黄色い光が集まっていく。

右手の中の光が形を創っていく。人を傷付けるための武器へ、多くの人が危険と認識するそれへ。変化していく。


『お前のせいだ』


「っ……。」


これは兵器。これは殺意。一人の命を蹴散らした、これは心の傷トラウマ

鮮明に頭に浮かぶ呪詛。血に塗れた左手の爪と部屋、そして白衣。


『お前のせいだ』


「やめろ……。」


これは罪であっただろう。これは理不尽だと一蹴できればどれだけ良かっただろうか。

事実は何よりも饒舌に罪を語る。死者の遺志を騙る。諦めていたあの顔は、表情は、僕に何を言おうとしていたのか。

分からない。今となっては。死者は何も語らないのだから。


『お前のせい「やめろッ!」


やかましい幻聴。うるさいのは事実にして罪。僕の精神を蝕むのは、二人の命と一人の死。右手を振り払って、その幻聴をなんとか黙らせた。

今日の夕暮れ時に見たような、傷付ける直前のそれとは違う。手遅れになった、もう助からない、そんな絶望の最中にあったその顔は、意識の底にいつまでもこびりついて離れない。


「……はぁ。」


右手に集っていた、銃になりかけていた意思は既に霧散していた。とても集中なんてできたものではない。こんな体たらくで戦おうだなんて、なんと烏滸がましい考えか。


「どうにかしないとなぁ……。」


明確なイメージの下に、『魂』の力を使って具現化させる。それが出来るのは、どうやら遺伝によるものらしい。全て兄の談だが、彼は僕以上の『異常』であるため、信は置けるだろう。

明確なイメージ。即ち、僕が作り出す『銃』は、イコールで『人を傷つけるもの』と認識しなければならない。

確かに、経験は明確なイメージとなる。『百聞は一見に如かず』という言葉の通りだ。

しかし、その経験がポジティブに働くとは限らない訳で。こうして集中すらさせてくれないような、そんな幻聴に苛まれながらではイメージを描ききることもできない。最後に試したのは大分前だったが、やはり何もせずに時間が解決してくれるような問題では無いようだ。


一人悩んでいると、こんこんという子気味良い音が響いた。


『叫んでいたようだけど、何かあったのかい?』


聞こえてしまっていたのか、どうやら要らぬ心配をかけてしまったようだ。扉の向こうには、優しくて親切なご近所さんが来ているようだった。


「……いえ、なんでもないです。お気になさらず。」


口には出さずに済んだ。救いを求めて突き放されるのはどうしても恐ろしい。この迷いは当然であったし、悟られたくないと思うのも当然だっただろう。


『そうかい?ならいいけど……っ。』


少し、言葉に詰まっているような音がする。気のせいかもしれないが、この頭の上の耳はただの飾りでは無いのである。


『……迷ってることがあるのなら、相談してくれ。私もアリツさんも、君の力になれるはずだ。』


証左はすぐに引っ転がってきた。声には出さなかったというのに、今日出会ったばかりだというのに。どうやら同族というのはそれだけ恐ろしい何かがあるようで。


「……覚えて、おきます。」


どうしようもないことに、今度こそ動揺を隠すことはできなかった。


『じゃあ、おやすみ。』


「おやすみ、なさい。」


分からなくなった。この過去は一人で抱えて生きていこうと思っていたが、どうにもそれは望まれていないらしい。

確かに、話すことによって快方に向かう事もあるかもしれないが、そうであるとも限らない。信じてもいいのだろうか。

狼は群れの結束を大事にする。本能と言っても過言では無い。


そんな中で、同族殺しだなんてものを打ち明けたら──


(……いや、やめておこう。)


暗い想像は精神も暗く染めてしまう。ただでさえ幻聴に悩まされている中だ。ひとたび精神を病んでしまえば、その先に待つのは破滅のみだろう。

ネガティブになる場面では無い。まだ明るくあらねばならないだろう。


「……寝よう。」


戦闘ができれば手っ取り早かったが、案の定と言うべきか、前途多難なようだ。

逃げるべき。この結論を出せただけ、この時間には価値があったと思おう。


……それに、あの人なら、もしかしたら。

受け容れてくれるかも……


なんて、同族とも呼べないような奴に、こんなことを言う資格はないのだけれど。

これは新たな結論にはなりえない。

僕の罪は、重すぎる……。

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狼若男女は えぬけー @NKDefender

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