『食』
「ただいま。」
「ただいま戻りました。」
階段を上り、橋を渡り、僕らはロッジへと帰ってきた。今日一日の運動だけでも、そこそこに疲労してしまっている自分の身体が少しばかり情けない。
「おかえりなさい。あら、お二人とも一緒だったんですか?」
「まぁ、色々あってね。」
隣に立つ、その同族の姿をちらりと見た。目が合った。最初に目を合わせた時とは全く違う印象を抱く。
「……ふふっ。お二人とも、仲良くなれたようで何よりです。」
前を見てみれば、どうやらアリツカゲラさんも本心から喜んでくれているようだった。
それはそうだ。宿泊者同士の仲が悪い宿の管理なんざやりたくもないだろう。
「きっかけはちょっと情けないですけどね。」
こう話すのも少し恥ずかしいが、恥というのもまた成長の糧だ。
それに、『セルリアン』(と呼ばれていると思われるもの)についても聞いておくチャンスなはず。なんせ、この島で過ごしてきた人物が今は二人居るのだから。
「あぁ、セルリアンに立ち向かうにしては迷いすぎだ。次はちゃんと逃げるんだよ?」
「はい……。」
耳が痛い。きちんと闘えるようになるまでは、逃げることを意識した方がいいだろう。
「……セルリアンが出たんですか。」
アリツさんの方を見た。穏やかな感じだったタイリクオオカミさんとは違い、様子が変わっている。
先程までは喜色を
「……奴らは、一体何なんですか?」
何も知らない。そういう時は概略を聞いてみるに限る。知らないことを知らないままで済ませていては、いつかしっぺ返しが来るものだ。その足がかりとして、他人の主観というのは大いに役立つ。
「何……か。言われてみれば、詳しいことは分かっていないね。ただ、奴らは危険だよ。」
「輝きを食べてしまうんです。」
メモ帳に形だけのセルリアンを描き、それから線を引いて注釈のように情報を書き連ねていく。
「輝き、というのは?」
「サンドスターさ。私達がフレンズであるために必要らしい。」
サンドスター。確か、このパークのホームペーに書いてある程度には表に出されている存在だ。研究施設でも聞いたことがある。
『動物をフレンズに変えてしまう物質』程度の認識だったが、どうやら変化した後でも奪われてしまうといけないらしい。確かに、サンドスター欠乏症なるものにもなったことがある。
「なるほど……。もし仮に、フレンズじゃなくなると?」
「動物に戻る。仮に次にフレンズになっても、前の記憶は無い。」
「……ほぼ死んだも同然、か。」
ぼそりと呟いた。僕はハーフだからどうなるかなんて知らないが、少なくとも彼女達にとってはそれが『死』を意味するのだろう。ただ一つ頷くだけのアリツカゲラさんの表情は、どう見ても嘘のそれではない。
まさに弱肉強食。弱いフレンズは奴らの食糧。僕もそうならないように、気を付けなければ。
「対処法は、何かありますか?」
「戦わないことだよ。逃げればいい。奴らはそう速くないからね。」
個体差、というのはあるのだろうが、少なくとも今日見た個体の動作は緩慢だった。あれなら逃げるのもそう難しくはないだろう。あの時は動転していたし。
「弱点みたいなものは?」
「身体のどこかに石がある。そこを叩けば簡単に倒せるけど、逆に他の場所を叩いていても倒せない。強いて言うなら、水に弱いとは聞いたことがあるくらいかな。」
小さい突起を加えて、石の情報を書き加える。適当に叩けばいいのかと思っていたけれど、そうはいかないようだ。数が増えれば石を狙うのも厳しくなっていくだろうし、やはり戦闘は避けるべきか。
「じゃあ最後に。あの青い小さいのだけじゃないですよね?」
こればかりは少し気になる。あの緩慢で小さい、言ってしまえば弱いやつだけが存在するのだとしたら、これだけ警戒して『逃げるべき』だなんて言うだろうか。
「形も色も、あれだけじゃないよ。いくつかの種類があって、それぞれに特徴がある。青という色もあの小さな形も、一般的には一番弱い特徴だね。」
成程。
メモに書き終えて、机に突っ伏す。
「最後の聞いて余計恥ずかしくなってきました……。」
要は一番のザコ、某配管工の三角のアイツのような存在に苦戦していて、あまつにも負けそうになった訳だ。
穴があったら入りたい。いや、個室あるけど。
「まぁ、戦えないフレンズだっていくらでもいるよ。そんなものさ。」
「……そうですけど。」
戦う力はある。されど、未だ闘う覚悟ができていない。
人の命は重い。果たしてそうするだけの価値は僕にあったのかと訊かれても、今の僕には答えられない。
「あまり気負いすぎない方がいいよ。悩んでいたって、解決できるとは限らないんだから。」
「……はい。」
至って真面目な顔だった。悩んでいるのはもう気付かれている。
姿の見える本心を晒け出して、どうすればいいですかと問うてみるには……いかんせん話が重すぎる。こういう場で話すことではないだろう。今はまだ、正体の掴めない透明人間で居た方がいい。
「……そういえば、皆さん夕食はどうされるんですか?」
話題を逸らそうとして、真っ先に思いついたのは料理の話題だった。
「そういえば、だね。」
「さっきボスが持ってきてくれたのがありますし、ご飯にしますか。」
そう言うと、アリツカゲラさんは恐らく持ってきてもらったであろうものを取りに、タイリクオオカミさんはテーブルの方へと移動した。
ボス?とは思ったが……いや、その誰かに触れるというのは、果たして安全なのだろうか?
迂闊な行動をしてフレンズに目を付けられてみろ。今は抵抗すらできないだろう?
スルーする事にした。触れない方がいいこともあるかもしれない。
顔にも出さず軽い葛藤を終えると、どうやら丁度、アリツカゲラさんも自分の仕事を
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
そう言ってアリツカゲラさんが持ってきたのは、青色に『の』のようなマークの付いた饅頭の入った
「これは……?」
「ジャパリまんだよ。」
「美味しいですよ。」
曰く、『ジャパリまん』と言うらしいこれは、割ってみると普通の肉まんのようにも見える。まだ温かく、中の餡からは湯気も出ている。何かしらで加熱してくれていたようだ。
確かに怪しいものは入っていなさそうではあるけれど、やけに中身が輝いている。目の錯覚だろうか。
「……いただきます。」
既に毒味は二人がしてくれている。どうやら身体に害のあるものではないようだが、果たして。
小さく一口。もちりとした皮の食感。コンビニなどで売っている普通の饅頭と比べると、随分気合いが入っているようだ。
餡の味は
総じて、非常に美味である。コンビニの物も無論美味しいのだが、味はそのままにもう三段階ほどステップアップしたような、そんな感じの物だ。
咀嚼し、嚥下する。これだけでもなんだか充足感を感じてしまう。身体にすっと溶けていくような、そんな錯覚を覚える。
「すごく美味しいですね、これ。」
これは『ボス』の手作りなのだろうか。こんなものを生産する工場となると、予算が足りなくなる気がするが。
しかし、『持ってきてくれた』というのが引っかかる。『作ってくれた』という訳ではないのだろうか?謎多き人物である。
「何度食べても飽きないよ。」
「味もいろいろありますしね。」
味もいろいろあると。なるほど。
……いや駄目だ、これ一個も普通のものよりも大きいんだから、満腹にならない訳がない。やめておけ、たわけ。
もう一口、今度は大きめに。成程、皮の食感が満足感の原因か。これは一個食べ切るのも厳しそうだ。
「
気になったので聞いてみる事にした。考えてみれば、『ボス』がここで作っているのであれば、明らかに匂いがしなさすぎる。それに、『の』のマークも既製品らしさがある。
ここでの回答によっては、『ボス』は自身で料理はしないが既製品のある場所を知っているレンチンフレンズということになる。手作りで色々したい僕としては、それは少しもやもやする所がある。ここではっきりさせておきたかった。
「これ以外……かぁ。」
「食べられないことはないですけど……ねぇ?」
二人は顔を見合わせて苦笑している。
「……美味しくないと。」
「あぁ……。」
「今になってみれば、『よくあれを食べてたな』って思いますね〜……。」
……そ、そんなにか。
どうやら二人とも料理はできないらしい。確かに、|ダークマターを製造するタイプの料理できないタイプ《アニメとかに絶対一人は存在するヤツ》からすると、これは某青狸の次元が一つ違うアレのようなオーパーツだろう。
「……今度美味しい物作りますから。」
「「?」」
美味しい料理をこれしか食べた事が無いというのは勿体ないだろう。
……もう一口食べて、本当にそれができるのか、ちょっと怪しくなったけど。
……超えられるよね?
……………
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