彼岸花
灯花
彼岸花
ミーンミンミン、ミーン、ジジジジジ……。
「あっついなぁ……」
額の汗をぬぐいつつ独り言ちる。焼き付けるような日差しを真っ白く照り返す墓石の群れを抜け、一つの墓の前で立ち止まる。
「……久しぶり。ひいおばあちゃん」
線香をあげて、手を合わせ、しばし黙禱。
お参りを終えて踵を返した私の視界にふと映り込んだのは、真っ赤な彼岸花だった。
─────見てみて!ひいおばあちゃん!帰ってる途中で見つけたの。綺麗でしょ?
小学校、何年生の時だったろうか。帰り道に綺麗な彼岸花を見つけた私は、家に飾ろうと二三本手折って帰宅した。普段であれば、「あらまぁ素敵なお花だこと!床の間に飾りましょうねぇ」と言ってにこにこ笑う曾祖母。いつものように曾祖母を喜ばせようと、得意げに摘んできた彼岸花を見せると、サッと彼女の顔色が変わった。
「戻してきなさい!」
その表情と、その一言で、十分だった。
どうして曾祖母がそれほどまで怒ったのか、その時はわからなかった。ただ、何かいけないことをしてしまったのだということだけはすぐにわかった。
「う、あ……」
再び曾祖母が口を開くより先に、私は言葉にならない声を漏らしながら一目散に、つい今しがた歩いてきた道を駆けていった。背中に背負ったままのランドセルががちゃがちゃと悲鳴を上げようがお構いなし。
「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしません!許してください!」
泣きじゃくりながら、走る。走る。走る。
ようやくたどり着いた彼岸花の群生は、夕陽にてらてらと染められて不気味なくらいに美しかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう二度と摘んで行ったりしません。許してください」
そっと地面に手折った彼岸花を横たえて、もう一度手を合わせながらつぶやく。
ざっ
突然強い風が吹いて、彼岸花たちが大きく揺れた。それは、まるで私のことを手招いているようで……。
「……っ!」
不意に妙な悪寒に襲われた私は、再び駆けだした。今度は私の帰るべき家を目指して。
走って、走って、走って、走って。
ビィィィィィィィッ!
「うわっ!」
辺りに車のクラクションが鳴り響く。すぐ横をものすごい勢いで一台の車が駆け抜けていった。血のように真っ赤な車体だった。
「もう……絶対に摘まない……」
家に帰りつくと曾祖母は、
「いい?○○ちゃん。彼岸花は、絶対に摘んではいけないの。絶対に、よ?」
とだけ言って、私をぎゅっと抱きしめた。
あれから、十年以上の月日が経った。曾祖母はしばらくして亡くなり、結局彼女が彼岸花を摘んではならないと言った理由は解らないままだ。先日、彼岸花を見た折にふと思い出して調べてみたが、「彼岸花を摘むと手が腐る」「彼岸花は飢饉の際の非常食とされていた」「彼岸花を摘むと火事になる」等々、様々な言い伝えや理由があるようだった。
「彼岸に連れていく花、だったりして」
それならばもう一度、曾祖母に会わせてほしい。あの日訊けなかったその理由を、尋ねてみたい。
─────馬鹿なこと言うんじゃありません。
不意に、曾祖母の声が聞こえた。
いや、そんなはずはない。でも……。
「ふふっ」
考えるのは、やめだ。これはきっと彼岸花の贈り物。
背後の曾祖母を振り返って別れを告げる。
「またね、ひいおばあちゃん」
再び前を向いて歩きだした私のに向かって、今年も彼岸花たちが、ゆらゆらと手を振っていた。
彼岸花 灯花 @Amamiya490
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