第三十三話 長い夜の始まり

 夜———、

 ラース火山近くの、ホッタブ村と言うところにようやくついた。

 時間は、三十分はかかったと思う。


「急いで! 早く!」


 メイディに急かされ、あわただしくアリスの背からファイを下ろし、教会へと一目散へ向かう。


「ホッタブ村の教会は……この道をまっすぐ……道を開けてください! 開けてください!」


 メイディが隣を並走し、誘導と道の確保を行ってくれている。

 手際がいい誘導ですぐに教会が見えた。

 扉を勢いよく開ける。

 中でお祈りをしていた神父が驚いてこちらを振り向いた。若干片方の眉が上がり、不機嫌さを表情に出していた。「瞑想に集中していたのに、ノックもせずに失礼なやつらだ」という気持ちがその顔が物語っている。


「急いで蘇生をお願いします! もう一日経っているかもしれません!」


 メイディの言葉を聞いた途端、神父の不機嫌そうな表情がどこかへすっ飛んだ。

 神父の表情は、メイディと同じ、緊迫したものへと変わった。


「祭壇へ……!」


 先ほどまで神父が祈っていたご神体の女神像の前に設置されている、人が一人横たえられるほどのサイズの祭壇。そこへ、ファイの体を横たえる。


「天に負わします神々よ……この者へと魂を戻したまえ……『リザレクション』!」


 神父が詠唱付きの魔法を唱える。

 死体を持ってきたら、いつも見る光景だ。


「…………」


 ファイが動かない。


 神父が首を振り、メイディを見る。


「奥の神殿へ、彼女を運んでください。力がここでは足りません」

「わかりました」


 メイディがファイの体を持ち上げ、その間に神父はご神体の奥の壁にある、扉を開ける。腰をかがめてようやく入れるほどの小さな出入口。神父は中に先に入り、メイディもファイの体を背負いながら身をよじってようやくといった感じで入っていく。


「俺も……」

「来ないで!」


 メイディの頭が扉から飛び出し、鋭い声でハルを制止する。

 そして、彼女の目が泳いだ。

 ———だが、一瞬だった。

 一度ずつ、右左に視線が揺れた程度。

 それでも、確かに揺れた———何か、迷った。


「他の『グロッド』メンバーの死体も運ぶ必要がある。ファイ・リペアハートが終わったら、急いで取り掛からないといけない。だから」

「わかりました。そいつらをここへ運んでおきます」

「お願い」


 察しのいい返事を返すと、メイディは力強く頷いて神殿の扉を閉めた。


「…………ッ!」


 浮かんでくる考えを振り払うように、ハルは扉に背を向けて駆けだした。

 ファイの無事を祈りながら、他のことをなるべく考えないように、教会を出て空飛びクジラのアリスへ向かって。

 途中、『グロッド』メンバーの死体を背負ったエマとすれ違う。


「状況は⁉」


 ハルは何も言わずに通り過ぎようとしたが、呼び止められる。


「ファイはまだ蘇っていません! 何か……こういうことは初めてでよくわからないんですが、もっと強力な蘇生魔法を使うために奥の神殿とかいうことろに神父さんに連れていかれました! メイディはそれに付いていっています!」


 エマはそれを聞いて、ほんの一瞬だったが、唇を噛みしめ、


「そう!」


 と、今は感がている暇はないと言わんがごとく、ハルから顔をそらし、教会へ向けて駆けて行った。

 上司への報告が終わり、ハルも自らの仕事へと戻る。

 冒険者の死体を運ぶ、『死体引き』の仕事へと。

 何度も、何度も教会とアリスとを往復して、『グロッド』の死体を教会へと運んでいく。段々と数が減っていき、最後はまだ息のあるトーマスとレイスだけが残される。


「俺はいい」


 トーマスは自分の番が来たと察し、自ら事態を申し出る。


「ここにいる……えぇと……」


 トーマスの視線がハザードへと向けられる。名前が出てこないようだ。


「ハザードだ」

「ハザード。ハザード先生に足を治してもらった。完全ではないが、少し休めば自力で歩ける」

「そう、なら……そうしてくれ。レイスは?」


 ハザードの前で横たわっているレイスの手首に触れる。意識は失っているが、脈はほぼ正常だ。


「この娘も教会に連れていく必要はない。治療はここに来る間に僕が完全に終えた。レイス・リペアハートはもう大丈夫だ。少し休めば良くなる」

「じゃあ、教会じゃなくて、宿ですね」

「そうだね。宜しく。エアロがアリスを村はずれに固定するのに僕は付き合って……その後にトーマスと一緒に教会に向かうよ」

「わかりました」


 レイスを背負い、アリスの背から降りようとロープの方へ向かう。


「そうそう、ハル君。レイスを宿に届けたら、君はそのまま宿で休んでいてもいいからね。もう君ができる仕事はほどんどないから」

「え? いや、寝てられませんよ。ファイがまだ目覚めてないんですから、レイスを寝かしたら、教会へ向かいます」

「そう……そっか、わかったよ」


 よくわからないことを言う人だなと、ハルは首をかしげながらロープを下りていく。

 ハルがいなくなったアリスの背の上で、ハザードは空を仰いだ。

 空には月と、その光に照らされる雲が浮かび、美しい光景を描きだしていた。


「長い夜になりそうだな……」


 ハザードは誰に向けてもなくつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

せっかく、異世界転生したのに、職業が死体引きって……。 あおき りゅうま @hardness10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ