小さな青いベレー帽
つきの
ある小さなシジンの話
此処に一匹の
彼はいつも物思いに耽っていた。
空のこと雲のこと、そしてお天気のこと。
浮かんだ言葉を拾った葉っぱに小枝を使って自分の想いを残した。
その行為を何と呼ぶのか、彼自身もわからなかったけれど、そうせずにはいられなかったのだ。
ある日
『僕はシジンだ!』
彼は通りすがりの人間が呟いたのを聞いた。
『広い世界、何処までも続く道……この気持ちを僕は言葉にするんだ!』
青いベレー帽を被った、その青年は、そう言いながら歩き去って行った。
「シジン……」
「気持ちを言葉にする……?」
その姿と言葉は彼の心に深く残った。
そんな時、彼は落ちていた青いフェルトの端っこを見つけて小さな青いベレー帽を作った。
彼は嬉しかった。
その頃には葉っぱに小枝を使って残した想いも、いつの間にか増えていた。
それは小さな青いベレー帽と共に、いつしか彼の宝物になっていた。
少しだけ自分が特別なものになれた気がした。
仲間たちは、そんな彼を横目で見ながら、巣作りや食べ物集めに余念がなかった。
ある蒸し暑い日、大雨が降った。
彼には何も出来なかった。
彼にできたのは立ち尽くすことだけだった。
何もかも振り捨てて怯えて震えるだけだった。
言葉の力を信じていたけど、「逃げろ!」の一声さえ出せないままだった。
彼の言葉には、その力がなかった。
……それを、思い知った。
彼は小枝の筆を折った。
葉っぱの紙を破った。
大事にしていた帽子を捨てた。
そこにはもうシジンはいなかった。
もう見分けのつかなくなった蟻の行列が熱心に巣を直し、食べ物を運んでいるだけだった。
🐜
後には、
小さな青いベレー帽だけが残っていた。
ぽつねんとひとつだけ、涙の跡のように。
○
(終)
小さな青いベレー帽 つきの @K-Tukino
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