プロローグ

 男に襲われてから一週間が経った。

 時折警官が家に来て、いろんなことを尋ねてきた。

 あの男は警察の取り調べでも、支離滅裂な事を喚き散らしているが、決して狂っている訳じゃないので罪は軽くなる事は無いらしい。

 銃刀法違反。公務執行妨害。殺人未遂。暴行。傷害。

 余罪も、掘ればゴロゴロ出たらしい。挙句、殺人罪も姿を見せ始めたようだ。

 良くて無期懲役、悪ければ……死刑。

 警官は言った。


「もう二度と、君達カップルの前にアイツが現れる事は無いよ。安心して欲しい」

「……願わくば」


 一語一語、刻む様に俺は返した。

 そして、警官の背中を見送ると自室に行き制服に袖を通した。

 久し振りの校舎を前にしても、ノスタルジーもへったくれも無い。不登校になってから、約二か月。

 日数にすると、長めの夏休みくらいしか経っていないのだ。

 けれども、その間に俺の人生の経験値は常人のそれを超えてしまった。経験値を蓄えるのは悪い事ではないが、幸せかと問われれば曖昧な回答の方が多くなる。

 ハッキリ幸せだと言えるのは、エリーザ・ベートリバーに会えた事だ。

 職員室に入る。この時間だと、二限目が始まったばかりだ。クラスメイトとバッタリなんてことは無い。

 向こうも俺なんかに会いたくないだろう。

 担任は机に座って、プリントを見ていた。


「お久しぶりです」


 担任は俺の声に反応し、こちらを見た。一瞬『面倒くさい』という感情が浮き出たが、すぐに繕って笑顔を作る。


「……どうしたんだ? 急に……まさか、学校に来る気になったのか?」


 上辺だけの薄っぺらい言葉。

 前なら不機嫌そうな態度をこちらも見せていたが、もうしない。


「いや、その逆です」


 俺はにこやかな笑顔を見せた。



 学校からの帰りに、俺は彼女の家に寄った。


「制服姿の君を見たのは、初めてだね」

「今日が最初で最後かもしれないですよ」


 俺は冗談めかして言う。


「そんなことないよ、時間はたっぷりあるんだから」


 彼女は笑った。


「まぁ……あと十年は行かなくてもいいですね」

「……学ぶことは、何処でも出来るからね」


 ソファーに座って、二人でコーヒーを飲んだ。これからどうするかを話す。


「……本当にいいの?」

「学校もバイトも辞めました。人間だった俺に残されたのは、後は親だけです」

「親御さんには?」

「エリーザさんの事は話しました。……いつかは話さなきゃいけないことだし。まぁ、まだ信用はしてないみたいですけどね」

「当たり前だよ。……不登校の息子が、いつの間にか三百も年上の彼女作ってたんだから」

「見た目は十歳くらいしか離れてないですけどね」

「……明日、家に行っていい?」

「いいですよ。土曜ですし」


 明日。彼女は俺の両親に会う。不肖の息子が連れて来た彼女、両親はどう反応するだろうか。

 そして、俺がこの地を離れる事に反対するのか。

 分からない。でも、決めた事だ。

 遠い地で働きながら、彼女と暮らす。

 古い映画かフォークソングを彷彿させる生活。

 どうなるかは、神にも分からないだろう。

 けれども、何とかなると俺達は信じている。


 不老不死の化け物は永久の時を刻みながら、途切れる事の無い道を歩む。


 終わることの無い愛の形はまるで、ウロボロスの輪だ。

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飢える者達の行方 タヌキ @jgsdf

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