過去の傷を上書きするのは大事な人の幸せ
- ★★★ Excellent!!!
幼少期、戦後の食料事情から散々かぼちゃばかりを食べさせられた女性が、長い年月を経てそのトラウマを克服するまでのお話。
かっちりした手触りの現代ドラマです。いい話、なんて言い方ではあまりにも漠然としているのですけれど、でも本当に心温まるいい話。
食卓に上るかぼちゃを題材に、ひとりの女性の人生の足跡を振り返るお話で、『食』によって世界を切り取るアプローチの丁寧さと、時代の移り変わりを感じさせる時間のたたみ方が光っていました。特に魅力的なのがその現実性の手堅さ。謎や事件や不思議が一切出てこない、ひとりの人間の人生をただそのまま描いた、その姿勢というか物語自体のコンセプトのようなものが嬉しい作品でした。
少し風変わり、というか読み始めてすぐに目を引かれるのは、構成(形式?)の独特さです。一話おきに時制が切り替わり、特に偶数話は現代からの視点となっているところ。つまり本作は主人公が現在から過去を振り返る形式のお話で、この構成が非常に技巧的でした。現代パートは比較的短く、全体のリズムを整えるような役割も果たしているのですけれど、でもそれ以上に好きなのは、先に解決を予告している点。
というのもこのお話、実質的にトラウマに苦しむ様子を描いた物語には違いなく、またその発端も戦後の食糧難というシビアな現実だったりするわけです。もしそのまま時系列順に語ったなら、きっとどうあがいても暗い話になるであろうところ、でも先に現代を見せることでその重さを回避している。おかげで読んでいて辛くないというか、少なくとも先の見えない暗闇の中を歩いているような感覚はなくて、そしてそれこそが本作の肝、あるいは一番大事なところです。このどこまでも優しく晴れやかな読後感は、きっとこの構成であればこそのもの。
そして「辛くない」とは言ったものの、でも好きなのはやっぱりこの過去の出来事。発端となった幼少期の思い出を皮切りに、青春期に出会った意外な救済(というほどではないにせよ、でも重荷を少し分け合えたような小さな救い)、そしてそれを『乗り越えるべきもの』として対峙する母としての日々。それぞれにしっかりとした手応えがあり、まただからこそ描き出される彼女の成長の、その自然さが胸に沁み入るかのようでした。
伯母さんの嫌なやつっぷりと、あと前山さんのちょい役っぷり(※語弊のある表現)がものすごく好きです。特に後者。人生のうちの一瞬関わっただけだけど、でも強く胸に刻まれる人。総じて、大袈裟な舞台装置や派手なレトリックに頼ることのない、どこまでも堅実で実直な人間のドラマでした。