第5話

『実は私ね、心が読めたせいで、ずっと友達だと思ってた子を無くしちゃったんだ』


 彼にこの話をしようと思った理由は自分でも分からない。彼に話せば何か変わる、そんな気がしたのかもしれない。


『そうか、お互い大変だな』



 既読がついてから数分経った後に送られてきたこの言葉に、私は込み上げてくる何かを我慢できなかった。目から溢れる水は留まることを知らない。一度決壊すれば枯れるまで止まることは無いだろう。


 私は多分、上辺だけの同情じゃなく、本当にわかってくれる人の少しの言葉が欲しかったんだと思う。親に言っても信じてくれず、むしろ同時に嫌なことを知ってしまう。友達に相談しても、ロクな返事はかえってこず、上辺だけの同情、或いはノリで返したとしか思えない言葉しか得られない。なんなら、これもまた同時に嫌なことを知ってしまう。


 でも彼だけは違った。彼は昔、私に嘘を見抜ける力があるとカミングアウトしてくれた。彼が本当にそうならば、それを人に言うのがどれほど恐ろしかったことか。多少だが、私にだって分かる。その後の反応も、おそらく本心からのものだっただろう。だからこそ、そんな彼からの言葉だからこそ、私の乾いたヒビだらけの心に潤いをくれた。



 彼の返信からどれほどたっただろうか。少し落ち着いた私は、彼に一言だけ送った。


『……ありがとね』



 すぐに既読がつき、うん、とだけ送られてきた。多分、ずっと待ってくれていたんだと思う。心臓が、ドクンと大きく脈打った。



   □   □   □   □



 時が過ぎるのは早いもので、つい先日までは紅葉狩りだなんだと言っていたニュースも、今ではクリスマスのことばかり喋っている。



 あれから隣の席の彼女とは話さないまま、席替えを迎えた。彼女と面と向かって話したのは片手で数えれるほどだが、未だにその意図を掴めないでいる。いや、本当は少しだけわかったような気がしないでもない。



 あと冬休みまで2週間となったが、あの担任は何故かまた席替えをすると言い出した。僕の席は廊下側の前から三番目なんていう微妙な位置だから、この席替えの提案は悪いものではないと感じている。



「よーし座れ、席替えするぞー」


 担任の一声で、騒がしかった生徒たちはそそくさと自分の席へと戻っていく。



「今回はくじ引きな、出席番号順に引いていけー」


 前回はあみだくじだった。出席番号の反対から、結果の部分だけを切り取られたあみだくじの好きな位置に、出席番号と適当な線を書き足していく。そうして出来上がったあみだくじを各々に辿らせ、下に貼り付けられた結果席番号が書かれた側の紙を見て、新たな席へ移動する。

 ただこれは、教師側も生徒側も作業量が多くて面倒くさいなどととても不評だったそうだ。

 なんだかんだで、無難なくじ引きが一番好評らしい。



 出席番号順に引くのなら僕は真ん中よりちょっと早いくらいだ。自分より若い番号の人達がくじの結果で一喜一憂する。それを見て、とっとと自分の番が来ないかななんて思う。


 体感で数分(実際は30秒も経っていない)待ち、やっと僕の番が来る。

 神頼みなんてよく言うけど、僕は神なんて信じちゃいない。だが、もし居るならば窓側の最後尾を所望する。



 引いたくじの番号は16番だった。



 僕は上がる口の端を何とか抑えながら、新たな席へと移動した。



   □   □   □   □



 時が過ぎるのは早いもので、つい先日までは紅葉が見どころだなんて言っていたニュースも、今では初雪がどうたらなんて言っている。



 あれから隣の席の彼とは話さないまま、席替えを迎えた。彼と面と向かって話したのは片手で数えれるほどだが、彼のことを少しだけわかったような気がしなくもない。もし次また一緒なら、彼ともっと話してみようと思う。



 あと冬休みまで2週間となったが、あの担任は何故かまた席替えをすると言い出した。私の席は真ん中の前から五番目なんていうなんとも言えない位置だから、この席替えの提案は悪いものではないと感じている。




「よーし座れ、席替えするぞー」


 担任の一声で、騒がしかった生徒たちはそそくさと自分の席へと戻っていく。



「今回はくじ引きな、出席番号順に引いていけー」




 くじ引き、か。彼と隣になった時もくじ引きだった。あの席は彼と隣になった時、16というの番号を充てられていたが、今回は35番を充てられているらしい。



 私より若い出席番号の人たちがくじを引き、その結果に一喜一憂をする。私は喜ぶ側と、悲しむ側、どっちになるのだろうか。

 なんて考えていたら、直ぐに私の番は回ってきた。

 神頼みなんてよく言うけど、私は神なんて信じてはいない。でも、もし居るのなら、私にもう一度だけあの席を引かせてください。



 恐る恐る引いたくじの番号は……。

 私は気持ちを抑えて、新たな席へと進んだ。











 隣の人はもう座っていた。いつかと同じ光景に不思議と笑みが零れる。私は前と比べて少しだけ変わったみたいだ。


「よろしく、月待くん」


 彼はあの時と同じく、気だるそうに本からこちらへ視線を動かした。


「早速なんだけど、私、実は人の心が読めるんだ! でも月待くんだけ全然分からないや!」


 彼の言葉を待たずにそうカミングアウトする。どこか吹っ切れたのか、昔みたいに怖くない。だから堂々と言える。










「知ってるよ。よろしくね、彩良さん」





 ────不意をつかれた。同時に彼の名前を思い出した。前に席の時に気になって調べていたのに、その時は全く気が付かなかった。

 彼の名前は、月待 悠斗。



「え……、あのユウトくんなの?」


「うん、そう」




 そう言いながら下手くそに笑う彼を見て、なぜだか分からないけど、目頭が熱くなったような気がした。なぜだか分からないけど、顔が、身体中が、教室の空気自体が熱くなったような気がした。






 なぜだか分からないけど……、


 胸がどくんと大きく脈打った。

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思春期症候群 〜アドレセンス・シンドローム〜 ゆる @yuru3616

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