TEXT AVENTURE (テキスト アヴァンチュール)

瀬古 礼

TEXT AVENTURE (テキスト アヴァンチュール)

「拝啓、原田由紀様」


 この一行からもう三ヶ月以上、一文字も書き進められずにいる臆病さが自分でも嫌になる。



 原田由紀、去年まで同じクラスだった女の子だ。非常に安直な表現になってしまうが、僕は今彼女に燃え上がるような片想いをしている。


 彼女が特別かわいい顔をしているからだとか、そういった小学生じみた理由からではないということを先に宣言しておこう。


――――初めはただの女友達だとしか思っていなかった。


 正直言って全くもって好みのタイプでもなかったし、自分が彼女のことを好きになるなんて、一瞬たりとも想像したことすらなかった。けれど、ほの明るくて優しい、ドジな彼女のそばにいると、なんだかむず痒く、穏やかな気持ちになれることに気がついた。そのときにはもう既に、彼女のことがどうしようもなくかわいく見えて仕方がなかったのである。


 そんな彼女に僕は今、恋文をしたためようとしている。しかし、先述の通りもう三ヶ月以上もの間何も書き進められていない。

 先程それは僕自身の臆病さが故であると言ったが、よく考えてみるとこれにはまた別の理由があるように思うのだ。



 彼女へと渡すこの手紙のため、僕は本当にいろいろなことを思い出していた。


 初めて彼女の笑顔に見惚れてしまったあの日のこと。文化祭の出し物について意見が食い違い、珍しく言い争いあった放課後。仲直りの印に、と二人で食べに行った醤油ラーメンの味。そして、もうこれ以上ないほどに語り尽くした、互いの夢の話……。


 どこか儚さを帯びたあの日々は、どの瞬間を切り取っても透明で、綺麗だった。だからこそ僕は、そんな彼女との日々に潜む感動を僕なりの言葉にして届けたいと思ったのだ。僕と彼女との間で、これ以上ふさわしい告白などないと考えたのである。



 でも、それは適わないということに今、気づいてしまった。

 余りに脆く繊細なそれらを言葉で掬い上げるなんて、きっと不可能なのだ。



 写真で見ただけでは富士山の本当の雄大さなんて何もわからないのと同じで、どんなに綺麗な言葉で塗り固めても、彼女との日々を言葉で書き表すなんてことは絶対にできない。

 彼女の素敵さだけを表現するための言語でもあればまだ可能性もあるのかもしれないが、そんな複雑で難解なものはきっと、一生掛かっても完成しないのだろう。



  ならもう間に合わない。

  僕は今のこの想いを、今の彼女へと届けたいのである。



 そうやって頭を抱えている間に、時計の針はもう深夜二時を指していた。僕の窓には、ただしとしとと降りしきる雨の冷たさが夜の街をより一層暗く染めていく様が映っている。そのあまりにも淋しい光景にふと侘しさを覚えながら、僕は静かに布団の中へと潜り込んだ。


 もう夜も深い。

 きっと彼女はとっくに夢の中だろう。

 一体どんな夢を見ているのだろうか。

 幸せで温かな夢を、ちゃんと見られているのだろうか。


 そんな馬鹿みたいなことを、微睡みながらも真剣に考えてしまっている自分に気づく。しかしその時にはもうすでに、夢と現実との区別が着かなくなっていた。


「今日はきっと、君の夢を見る。」


 そう信じながら僕は、やがて静かな眠りへと落ちていった。




                (*)




 夢の中ではやはり彼女が、僕の前に佇んでいた。


『ねえ、話ってなに?』


 あの真綿のように柔らかい声が、夢の世界に心地よく染みわたる。


『原田さん、言いたいことは山ほどあるんだけど、でも全部言うと長々しくなっちゃうから。だから今、まとめて言います。……好きです。あなたのことが、むっっっちゃくちゃ好きです。もう、ホントに、大っ、大っ、大っ、大好きなんですっ! 』


 夢の中の僕は彼女に向かって、ロマンチックさなんて欠片ほどもない、馬鹿みたいにドストレートな言葉を口にした。




  ……ありえない。




 夢の中だとは言え、思わず赤面してしまった。



 こんな告白は、ふさわしくない。

 もっともっと伝えるべき想いが山ほどあるのに…。



 恥ずかしくてなんだか情けない気持ちになった僕は、とうとう彼女の目を見ることすら出来なくなり、遂には顔まで背けてしまった。






 でも、もしかするとこれこそが、三ヶ月以上掛けても書くことができなかった

僕の「真心」というものなのではないだろうかと、ふとそう思った。







 いかにも青春らしい甘い雰囲気などは微塵も漂って来なかったが、言葉だけではどうしても表現できなかったまっすぐな熱情が、僕の声に、その震えに、息遣いに、しっかりと表れていたのだ。


 夢の中の僕は全身で、彼女への想いを叫んでいる。


 その姿は決してドラマや小説みたいに綺麗なものではなかったが、これでもし彼女に振られてしまったとしてもまっすぐ受け止められるような、そんな清々しさまで感じられた。


 どうやら僕がこれまで悩んできたことはまるで見当違いだったらしい。


 心底ばからしいような、それでいてどこか誇らしいような、そんな不思議な感覚を覚えた。


 ほんの少しだけ笑って、ゆっくりと彼女の方へ向き直る。


 自分から逸らしてしまった目を、今度はしっかりと見つめた。


 すると膨らみすぎた感情は、頭で考えるよりも前に口から零れ落ちていった。


   「僕のこと、男友達じゃなく、男として見てくれませんか?」


僕の熱を帯びた声に景色は掻き消され、世界には彼女だけが残された。

その愛らしい頬に、ふと目がとまる。

白く透き通った肌によく映える、それはそれは綺麗な紅色をしていた。


                (*)


 夢の中の彼女の答えはもう分らない。

 目覚まし時計の轟音が、その返答を断ち切ってしまったからである。


 しかし、それよりももっと大切な答えを知ることができた。

 それだけでもう、十分すぎるほどだった。


 便箋の前で頭を抱えるのはもうやめた。

 僕は今日、一番に君に会いに行く。


            ――――今のこの想いを、今日の君に届けるために。

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TEXT AVENTURE (テキスト アヴァンチュール) 瀬古 礼 @rei-seko39

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