第5話:戦闘士と養生酒

「戦う前にこれを飲んでください、私が配合した薬酒です。

 これを飲めば一時的に体力が向上します。

 本当は実戦の前に何度か試して、薬酒で向上した体力に体を慣らすのですが、明日が試合ではそうもいきません。

 ぶっつけ本番ですが、本当に全く勝ち目がないのなら飲んでください」


 そう言って養生酒の瓶を差し出す私に、巨漢の戦士と常連の紳士は唖然としていますが、気にしてはおられません。

 他の常連さんは、見て見ぬ振りをしてくれていますが、毎日連れの女性が入れ替わる常連さんが同伴した女性だけが、露骨に聞き耳を立てています。

 明日からは同伴者を禁止にした方がいいかもしれません。

 女性連れ紳士は怒るかもしれませんが、神様にもらった能力を使えば、入室制限は簡単ですから。


「ありがとう、明日の相手は人間ではなく地竜なんだよ。

 とても勝ち目はないから、最初から飲ませてもらうよ、本当にありがとう」


 戦士はそう言って優しく微笑んでくれました。

 これが死を覚悟した戦士の笑顔なのでしょうか。

 とても男臭く、それでいて少年のような可愛さがあり、思わず抱きしめたくなってしまいます。


「ありがとう、店主、どうかな、明日闘技場に見学に来ないか。

 私が一緒なら、オーナー席から見ることができるが……」


 常連の紳士が誘ってくれましたが、人間の、いえ、生き物の生き死にをかけた戦いを見世物としている場は、どうにも好きになれないのです。


「店主、そうしてくれないか、俺の最後の試合を見てもらえないだろうか。

 皇帝陛下主催の試合に勝てれば、莫大な賞金がもらえて戦闘士から引退できる。

 もし負ければ、その場で死ぬ、地竜に喰われて死ぬだろう。

 初めて会う店主にこんな事を頼むのは申し訳ないのだが、少しでも俺の事を覚えていて欲しいんだよ」


 そこまで言われて断ったら女が廃ります。

 私は試合を観に行くことを誓い、今ここにこうしています。

 激しく凄惨な試合、いえ、戦闘でしたが、見事戦士は勝ちました。

 満身創痍で、剣を持つ右手を掲げ、地竜を斃した事を闘技場の観衆全員に誇っていますが、左腕はひじから先がありません。

 私も我を忘れて大声で褒め称えたいのですが、そうもいかなくなっています。


 主催者席にいる皇帝が、さっきから私に熱い視線を向けているのです。

 それが見ず知らずの相手の気紛れな視線なら、それほど気にはしません。

 ですが、私は皇帝の顔を見たことがあるのです。

 毎日同伴する女を変える、節操のない常連紳士、そいつが皇帝としてのうのうと座っているのです。


 あの女好きは昨日のやり取りを知っていますから、戦闘士を地竜に勝たせた薬酒の事も知っています。

 皇帝ともあろう者が、薬酒の軍事利用を考えない訳がないのです。

 流行っているバーを捨てるのは残念ですが、このは逃げの一手です。

 

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転移して力を得たので、夢だったカクテルバーを異世界で開業したら、皇帝に溺愛されちゃった。 克全 @dokatu

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