第4話:戦闘士とバラライカ

「よう、すまねぇが、この店で一番強い物をくれないか?」


 常連の人族に連れられた、如何にも戦士風の大男が、申し訳なさそうに注文してきますが、別に濃いカクテルのを望むのは悪い事ではありません。

 女性を酩酊させて悪さをする心算なら邪魔しますが、自分が飲みたくて注文するのなら、喜んで作らせていただきます。


「承りました、ただ他の好みを教えていただけますか?

 甘口が好きとか辛口が好きとかはありませんか?」


 私の質問に戦士風の男は申し訳なさそうな表情をします。

 巨漢の身体に似合わない、気の優しい性格なのでしょう。


「いや、今まで酒を味わって飲んだことがないんだ。

 生き残るために殺した獣や人間を悼んで飲むだけで、楽しみのために飲んだ事など一度もないんだよ」


 寂しそうに、哀しそうに、申し訳なさそうに、私では何とも表現できない声色と表情で答えてくれました。

 私は自分が愚かな質問をしたと痛感し、深く反省しました。

 こんな質問をしているようでは、本当にバーテンダーにはなれません。

 もっと人の心の機微が分かる人間にならないといけません。


「申し訳ありませんでした、では、私に任せていただけますか?」


「ああ、頼んだよ」


 今私の店にある一番アルコール度数の強い酒は、元の世界ではポーランドで造られていた九六度のウォッカです。

 このウォッカ四〇mlにコアントロー一〇mlとフレッシュ・レモン・ジュースを一〇mlを加えて作るのが、バラライカと呼ばれるカクテルです。

 

 バーテンダーによって基本となるウォッカが違いますし、コアントローとフレッシュ・レモン・ジュースの配分も違います。

 私は切れのある洗練された味わいに重点を置いてこの配分にしています。

 淡い白色でクールな印象のバラライカは、清涼感を感じさせるのが大切だと思っているのです。

 特に今のように蒸し暑い季節には大切だと思い、このカクテルを選びました。


 甘めに作られることの多いバラライカですが、この戦士には、さっぱりとした飲み口で、切れのある洗練された味わいで、甘みと酸味のバランスが取れ、清涼感を引き立てるこの配分がいいと思ったのです。

 この戦士の心身に蓄積された疲労を打ち払うには、一番相応しいいカクテルだと私には思えました。


「美味い!

 生れて初めて酒を美味いと思ったよ、ありがとう、店主」


「よかったな!

 そう言ってもらえれば、俺も連れてきたかいがあるよ。

 明日は最後の戦いになるかもしれないから、悔いを残さないようにな」


「ああ、分かっている、流石に相手が悪すぎるからな」


 聞き捨てならない事を耳にしてしまいました。

 お節介かもしれませんが、質問せずにはおられません。

 こんな事では一流のバーテンダーに成れないと分かっていますが、関西おばちゃんの性根は変わりませんね。

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