第3話:マティーニと淑女と紳士

「何か飲みたい物はあるのかな?」


「私白ワインが大好きなんですが、ここにはどんな白ワインが置いてありますの?」


 初めての淑女を連れた常連の紳士が、マナーよく女性に飲みたいカクテルを確認しているが、女性の方はこの店の事が分かっていないようです。

 ですが、女性に恥をかかせてはいけませんし、白ワインも置いています。


「申し訳ありません、白ワインは自家醸造した物が一種あるだけなのです。

 もしよろしければお試しいただけますか?」


「仕方ありませんわね、それで結構ですわ」


 態度や言葉遣いは装っていますが、性根の汚さが透けて見えますね。

 まあ、この世界この国の貴族に、慈愛の心を持てと言っても無駄です。

 酒を飲ます店の従業員など、奴隷同然に扱っていいと思っていますから。

 今白ワインが一種しかないと聞かされ、苛立たしい思いをして私を罵りかけたのに、それを押し殺して黙ったのは、連れの紳士に正体を知られたくないのでしょう。


「私にはマティーニをくれ、配分は任せる」


 淑女をここに連れてきた紳士は、女性のエスコートには慣れているのでしょう。

 同時に、貴族の令嬢やご婦人が性悪なのもよく知っておられる。

 この紳士は多くの一般的な王侯貴族とは違って、平民に対しても礼を尽くされる。

 この店に集う多種多様な人達にも、同好の士として礼をとられる。

 紳士が連れてこられたご婦人なら、場の雰囲気を悪くするほどの愚行はしないと思われるが、細心の注意を払って接客すべきですね。


「今日は基本のマティーニにしてみました」


 私は自分が一番好きなマティーニをこの店の基本にしています。

 タンカレー・ドライ・ジンを五〇mlにノイリー・ブラッド・ドライ・ベルモットを一〇ml、これがマティーニの黄金比率です。

 タンカレー・ドライ・ジンは魔法で冷たくして、作る時に水っぽくならないように、氷と氷がぶつからないように、細心の注意を払ってステアする。

 ジンをなだめるような気持ちで、バランスに気を付けて作り上げるのがコツだ。


「どうだい、ここの白ワインは?」


「ええ、まあ、これくらいなら合格ですわ」


 淑女が紳士にもったいぶって答えているが、本心はワインの事などどうでもよくて、どうやってこの紳士に自分を寝室に誘わせるかを考えているのです。

 自分が誘っては不利になるので、なんとしても紳士から口説させたい。

 貴族のご婦人や令嬢など、一皮むけば欲望の塊に過ぎないのです。

 いかにいい男を捕まえるかを仲間内で競っている。


 一方の紳士は、このような状況に慣れているのでしょう。

 不利になるような言質を与えず、ご婦人を焦らしていますね。

 このままいけば、紳士の思惑通りになるでしょう。

 もうこれで何人のご婦人や令嬢が、この紳士の寝室を訪れたことか。

 毎日入れ代わり立ち代わり忙しい事です。

 それにしても、よくこれほど遊んでいて問題にならないですね。

 今まで気にもしませんでしたが、どんな身分の人なのでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る