③
オスカーとサラの仲を深めよう作戦は、順調に終えることが出来たと思っている。
サラのことをよく知り、彼女の魅力に
「……おかしいわ。どうしてそうならなかったのかしら」
舞踏会当日。ロザリアは会場である王城内の一室で、パートナーのオスカーが
「なぜパートナーは私のままなの!?」
頭を
「良い感じだったのに、まだ足りなかったというの?」
「……あれでは、仕方ないでしょうね」
「何が!?」
食い気味に返してしまうと、リュカが困ったように
「ロザリア様、確かにあの日、オスカー様とベネットさんの親密度は深まったかと思います。ですが、それを上回る魅力を貴女が振り
「私、何かしたかしら」
「……わかっていないんですね」
はあ、とリュカにしては珍しく、深い
(ええっ、私、なんか出しゃばっちゃったっけ? いやいや、二人が
リュカの
「ロザリア、準備は出来ているか?」
「ええ。
「ちょっと、化け物を見たようなその反応はなんなのかしら」
リュカが見立ててくれた
綺麗に
「……いや、その、なんだ。まあ……それなりに良いんじゃないか」
「まあ、
眉を吊り上げて
「いや、そうじゃない。今のはちょっと驚いてしまっただけで……。い、行くぞ!」
「リュカ、行ってくるわね」
一緒に行けないことを少し
本来ならリュカもオスカーの同級生として招待されていたのだが、自分はあくまでもロザリアの従者であるから、と固辞したのだ。残念。リュカの
「……行ってらっしゃいませ」
深々と頭を下げたリュカの表情は、見えなかった。
会場の大広間に入ると、主催者とその婚約者ということで、
間もなく楽団による演奏が流れ始め、オスカーと手を取り
(サラを見つけて、なるべく早くオスカーを押しつけなくちゃ)
そう企みながら、それとなく周囲に目を配る。
「おい、
だが、気も
「サラさんはどこにいるのかしら、と思っただけよ」
「この前から、やたらと彼女を気にしているな」
「だって、可愛らしいし良い子じゃない。あなたもそう思うでしょう?」
「まあ、それはわかるが」
「でしょう! なら次の曲は、サラさんと踊ってみてはどうかしら」
「……お前はどうしていつも、ベネット嬢と俺を一緒にさせたがるんだ?」
「そ……そんなことはないわよ」
(さすがにあなたたちをくっつけたいから、とは言っちゃ駄目だよね!?)
ちょっとあからさますぎたか、と反省し、話を逸らそうと試みる。
「あなたの気のせいだと思うわよ。──そうだわ、あの時のアイスは美味しかったわね」
「ん? ああ、初めて口にしたが、なかなかだったな」
一瞬何かを考えるように黙ったオスカーが、思い切った様子で口を開いた。
「……あのように視点を変えた時間を過ごせて良かった。貴重な体験だったし、俺はこの国の王太子として、国民の生活も知っておく必要があったと思うから」
急に真面目な口ぶりになり、ステップを
「お前があの時俺を連れ出してくれたおかげだ。立場について考え直す機会を
(……デ、デレた……!?)
ここでまさかのツンデレスキルが発動した。なぜ、ヒロインではない自分に。
「そ……それはまあ……もったいないお言葉をどうも……」
予想していなかったことを言われ、どうにも反応に困ってしまう。
そのままロザリアは、曲が終わるまで会話することもままならなくなってしまった。
「ロザリア様、とってもお綺麗です!」
オスカーのツンデレ発言で調子が狂ったロザリアは、頃合いを見計らって一人でバルコニーに
そうだ、オスカーのところに連れて行かねばと思いながらも、せっかく飲み物を持ってきてくれたので、礼を言って受け取る。
「ありがとう。あなただって綺麗よ。そのドレス、とても似合っているわ」
「ロザリア様が一緒に選んでくださったおかげです!」
「その色を選んだのはオスカーよ。彼の見立てはなかなか良かったわね」
えへへ、とサラが照れ笑いをする。
「……オスカー様にも感謝していますが、ロザリア様にはとびきり感謝しています」
「私なんて、大したことはしていないわよ」
「いいえ、たくさん良くしてもらっています! 本来、私なんかが気安く話しかけてはいけないお方なのに、こうして
いつになく真剣な表情に、ロザリアの中に温かい気持ちが広がる。
(悪役
リュカを守るためにと
「編入した頃は不安ばかりでしたが、今はとても楽しいです。素敵な方々に
しかしなぜか、サラの声は
「……ロザリア様の周りには、素敵な
「私の周り? リュカ以外にいたかしら」
「もう、いるじゃないですか。ルイス様に、ミゲル様。それからウォーリア先生……」
「ルイスお兄様は家族だし、ミゲルと先生はたまに
「
「……そういうわけではないと思うけれど」
「──それに、なんと言っても、ご婚約者のオスカー様が……」
よりいっそう声音が落とされて、どこか意味深な
まさかと思ったロザリアは、慎重に問うた。
「……彼のことが気になる?」
「はい。
(これはっっっ!!)
来たぞ!! と心の中で
(もしかして、婚約者である私に
ついに望む展開になってきたのでは、と
「あ、あのね、サラさん。確かに彼は私の婚約者ではあるけれど、
「え?」
キョトンとした目で見てくるサラに、あれ? とロザリアも首を
(おかしいぞ、何か
「えっとね、サラさん」
「そういえば、リュカさんのお名前が出て思い出しました。彼もとても人気なんですね」
(……ん?)
急に話が変わったことよりも、その内容に
「それは、どういう……」
「実はさっき、お手洗いに行こうとしたら間違えて、出席者のお付きの人たちの
「……囲まれていた?」
「はい。そうですよね、男性なのにとっても美しいお顔立ちですし、
先日の、アイスクリーム店での光景が
(また、女の人たちに……)
あの日のように、
(……リュカは、私だけのものなのに)
一瞬、そんなことを考えてしまった自分に驚く。
もちろん彼はロザリアの従者なので、ロザリアに属している人ではあるのだけれど。
それでも足りないような、欲張ったことを
「──わ、私、リュカのところへ行かなくちゃ」
「えっ?」
無意識にそう呟き、サラを置いてバルコニーを離れる。
そのまま、会場の入り口へ急ぎ足で向かう。なぜか今すぐ、リュカに会わなくてはいけない気がした。
会場を出て、早足で
「ロザリア、息を切らしてどうしたの?」
目を
「リュカを
「あの金髪の従者さんね! 彼なら庭園よ」
「あの美しい髪にお月様が反射して、キラキラ輝いていて素敵だったわ」
きゃらきゃらと笑う妖精たちに礼を言って、彼女たちを振り
少し歩くと庭園が見えてきて、
その真下、
「リュカ!」
息を吐く間もなく名を呼ぶ。物思いに
「……ロザリア様?」
「もう、捜したのよ」
「どうしてここへ……。舞踏会はまだ
戸惑うリュカに近づき、顔を見上げる。月に照らされた彼はいつも以上に美しく、神秘的な存在であるかのように思えた。
「良かった、一人なのね。サラさんから控室で女性に囲まれていたと聞いて、気になってしまって」
「え」
(わっ、しまった。つい
勢い余って考えていたことを口にしてしまい
「少し声をかけられていただけですよ。煩わしくて、一人になれる場所を探してここへ。……それを気にして、わざわざ来てくださったのですか?」
「え、ええっと、ほら。この間街へ行った時も、あなたってばいろんな女性から注目を浴びていたでしょう。モテるんだなって思ったら、なんだか心配になって」
「……心配、ですか。嫉妬してくださったわけではないのですね」
苦笑したリュカに、「へっ?」と声がひっくり返ってしまう。
(嫉妬? ……え、これ嫉妬なの?)
考えもしなかったことを言われ、動きが止まる。
確かに、女性たちから熱い視線を送られるリュカを見て、胸がモヤモヤとしたけれど。
(私、嫉妬してたの……!?)
その言葉を意識した
前世でリュカを推しとして
だけど今のロザリアは、リュカに自分だけの存在でいてほしいような、そんな我儘な気持ちを抱いてしまっている。
(どうして、こんな気持ちに)
やはり、実際に目の前にいる彼と接しているからだろうか。生身の人間であるリュカと過ごしているうちに、欲張りになってしまったのだろうか。
黙り込んだロザリアに、リュカが一歩
「私は嫉妬しましたよ。あの時、貴女に熱い視線を送っていた男たちに」
「え……」
「今夜だってオスカー様が──……」
リュカが何かを
「……貴女はいつだって、男たちの視線を集めてしまう。ただでさえ目を引く容姿をしているのに、最近の貴女はとても──無防備に笑うから」
真剣な表情で見つめられ、たじろいでしまう。
「何……言っているの。私なんて、そんな──」
「あのように無邪気な笑顔を見せられて、気にならない男はいませんよ」
「そ、そんなわけないでしょう」
首を振って否定すると、リュカは眉を寄せた。
「貴女は自覚がなさすぎます。本当に、男というものをわかっていない」
もう一歩踏み込んだリュカの顔が、間近に
「私にはわかるから言っているのです。──私も、男ですから」
「……っ」
目を合わせていられなくなり、
ビクリと揺れた肩を宥めるように、「そのままで」と静かに声が落とされる。
触れる指が熱い。目を
「……?」
耳元に重みを感じる。ロザリアのために彼が常備している手鏡を受け取って
「……綺麗」
「ロードライトガーネット。貴女の石です」
「私の?」
「はい」と頷き、リュカがイヤリングに触れる。
「男が女性にイヤリングを
「……知らないわ」
「『自分の存在をいつでも感じていてほしい』──そういう気持ちを込めて贈るのです」
再び
「貴女以外の女性のことなど、気になるわけがないではありませんか。私の心はこんなにも、貴女でいっぱいなのに」
「……リュカ」
「何度だってお伝えします。私は貴女だけのものです、と」
「…………っ」
今度は目を逸らせなかった。瞬きすることすら忘れ、眼前の
そこには、自分など足元にも
(……こんな顔を、するなんて)
そう意識した途端、心臓が騒ぎ出した。ドキドキドキと、激しく胸を
(ちょ、ちょっと待って。なんなのこれは)
胸の内側が熱い。鼓動が
リュカの視線を受け止めたまま動けずにいると、やがて
リュカにも聞こえたのか、身を後ろに引いて辺りを見回す。
「……何か、聞こえますね」
庭園のどこかから、楽しそうなメロディーが聞こえてくる。だがこれは、舞踏会の楽団が
「妖精が奏でているんだわ」
月明かりが照らす庭園を見回すと、噴水や生垣、葉の
「妖精の……」
リュカは
「レディ、よろしければ──私と踊っていただけますか?」
──リュカからの、初めてのダンスのお誘い。
感情が
「……はい。喜んで」
手を取ると、リュカがホッとしたように息を
そのまま手を引かれ、踊り出す。
妖精の音楽は自由な曲調で、決められたステップなどない。だから二人も、
それでも、マナーに
いつの間にか周りには妖精たちがたくさん集まっていた。彼らも自由に歌い踊り、笑い声を上げている。
リュカはもうすっかりいつも通りの
けれどロザリアは、
(……さっきのリュカ。男の人の顔だった)
従者としてのものではなく、一人の男としての顔だった。
それはロザリアを
わかっていたはずなのに、わかっていなかった。リュカも年相応の男性なのだということを。
(……どうして今まで、気付かなかったんだろう)
あくまでも守るべき推しとして見ていて、そんなふうに感じる
そしてもう一つの事実も、ロザリアの困惑を加速させていた。
(男性である彼に、どうしようもなくときめいてしまった私がいる……)
今までにない炎を宿した強い眼差しに、感じたことのない衝動が湧き上がったのだ。
どうしてだか、自分から彼に触れたくなるような、そんな気持ちに。
──この人が、
(……うわ────っ!?)
恥ずかしさのあまり全身が熱くなる。けれど平静を
ロザリアの様子がおかしいことに気付かないくらい、リュカもいつになく緊張していたことなど知る
二人きりの舞踏会は、満月と妖精たちに見守られ──そして何かが変わる予感をメロディーに乗せながら、しばらくの間続いたのだった。
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