オスカーとサラの仲を深めよう作戦は、順調に終えることが出来たと思っている。

 サラのことをよく知り、彼女の魅力にかれたオスカーは、もっと彼女と近づきたいと考えるようになる。そうして舞踏会でのパートナーは、ロザリアを振ってサラに申し込みし直す──そうなると思っていたのだが。

「……おかしいわ。どうしてそうならなかったのかしら」

 舞踏会当日。ロザリアは会場である王城内の一室で、パートナーのオスカーがむかえにくるのを待っていた。

「なぜパートナーは私のままなの!?」

 頭をかかえてなげく。後ろにひかえるリュカも、複雑そうな顔をしていた。

「良い感じだったのに、まだ足りなかったというの?」

「……あれでは、仕方ないでしょうね」

「何が!?」

 食い気味に返してしまうと、リュカが困ったように身動みじろいだ。

「ロザリア様、確かにあの日、オスカー様とベネットさんの親密度は深まったかと思います。ですが、それを上回る魅力を貴女が振りいてしまっては、元も子もありません」

「私、何かしたかしら」

「……わかっていないんですね」

 はあ、とリュカにしては珍しく、深いいきいた。

(ええっ、私、なんか出しゃばっちゃったっけ? いやいや、二人が上手うまくいくようたりさわりなく接してられたよね?)

 リュカのてきがいまいちわからず悩むが、結局答えが出ないまま会場入りする時間になってしまった。

「ロザリア、準備は出来ているか?」

「ええ。だいじょうよ」

 とびらがガチャリと開く。部屋に入ってくるなりオスカーは、ロザリアを見ておおぎょうに肩をビクッと揺らした。そのまま、まじまじと見つめてくる。

「ちょっと、化け物を見たようなその反応はなんなのかしら」

 リュカが見立ててくれたしんのドレスは、ロザリアのふかむらさきいろの髪が良くえ、ところどころにあしらった黒のレースのおかげで、上品な仕上がりとなっている。

 綺麗にい上げられた髪もしょうも、全てリュカによるものだ。全身を鏡に映して見た時、あまりの完璧なえに、さすがロザリアだ! と感動したくらいなのだが。

「……いや、その、なんだ。まあ……それなりに良いんじゃないか」

「まあ、ずいぶんと失礼な褒め言葉ね」

 眉を吊り上げてにらむように見てやると、オスカーは顔を赤くして慌て出した。

「いや、そうじゃない。今のはちょっと驚いてしまっただけで……。い、行くぞ!」

 ごういんうでを取られ、仕方なくついていく。

「リュカ、行ってくるわね」

 一緒に行けないことを少しさびしく思いながら、声をかける。

 本来ならリュカもオスカーの同級生として招待されていたのだが、自分はあくまでもロザリアの従者であるから、と固辞したのだ。残念。リュカのせいそう姿も見てみたかったのに。

「……行ってらっしゃいませ」

 深々と頭を下げたリュカの表情は、見えなかった。


 会場の大広間に入ると、主催者とその婚約者ということで、せいだいな拍手で迎えられた。

 間もなく楽団による演奏が流れ始め、オスカーと手を取りおどり出す。

(サラを見つけて、なるべく早くオスカーを押しつけなくちゃ)

 そう企みながら、それとなく周囲に目を配る。

「おい、をするな」

 だが、気もそぞろなことに気付かれ、オスカーに指摘されてしまった。

「サラさんはどこにいるのかしら、と思っただけよ」

「この前から、やたらと彼女を気にしているな」

「だって、可愛らしいし良い子じゃない。あなたもそう思うでしょう?」

「まあ、それはわかるが」

「でしょう! なら次の曲は、サラさんと踊ってみてはどうかしら」

「……お前はどうしていつも、ベネット嬢と俺を一緒にさせたがるんだ?」

「そ……そんなことはないわよ」

(さすがにあなたたちをくっつけたいから、とは言っちゃ駄目だよね!?)

 ちょっとあからさますぎたか、と反省し、話を逸らそうと試みる。

「あなたの気のせいだと思うわよ。──そうだわ、あの時のアイスは美味しかったわね」

「ん? ああ、初めて口にしたが、なかなかだったな」

 一瞬何かを考えるように黙ったオスカーが、思い切った様子で口を開いた。

「……あのように視点を変えた時間を過ごせて良かった。貴重な体験だったし、俺はこの国の王太子として、国民の生活も知っておく必要があったと思うから」

 急に真面目な口ぶりになり、ステップをちがえそうになる。

「お前があの時俺を連れ出してくれたおかげだ。立場について考え直す機会をあたえてくれたお前には、本当に感謝している。……お前がいてくれて良かった」

(……デ、デレた……!?)

 ここでまさかのツンデレスキルが発動した。なぜ、ヒロインではない自分に。

「そ……それはまあ……もったいないお言葉をどうも……」

 予想していなかったことを言われ、どうにも反応に困ってしまう。

 そのままロザリアは、曲が終わるまで会話することもままならなくなってしまった。


「ロザリア様、とってもお綺麗です!」

 オスカーのツンデレ発言で調子が狂ったロザリアは、頃合いを見計らって一人でバルコニーになんしていたのだが、サラが見つけてってきた。

 そうだ、オスカーのところに連れて行かねばと思いながらも、せっかく飲み物を持ってきてくれたので、礼を言って受け取る。

「ありがとう。あなただって綺麗よ。そのドレス、とても似合っているわ」

「ロザリア様が一緒に選んでくださったおかげです!」

「その色を選んだのはオスカーよ。彼の見立てはなかなか良かったわね」

 えへへ、とサラが照れ笑いをする。

「……オスカー様にも感謝していますが、ロザリア様にはとびきり感謝しています」

「私なんて、大したことはしていないわよ」

「いいえ、たくさん良くしてもらっています! 本来、私なんかが気安く話しかけてはいけないお方なのに、こうしてやさしくしてくださって。本当に嬉しく思っているんです」

 いつになく真剣な表情に、ロザリアの中に温かい気持ちが広がる。

(悪役れいじょうの私が、正ヒロインからこんなふうに思ってもらえるなんて)

 リュカを守るためにと足搔あがき始めたことだが、良い結果が出ていることが喜ばしいし、《おといず》ユーザーとしてヒロインと親しく出来るのは、素直に嬉しい。

「編入した頃は不安ばかりでしたが、今はとても楽しいです。素敵な方々にめぐまれて、仲良くもしていただいて」

 しかしなぜか、サラの声はだいに暗くなっていく。

「……ロザリア様の周りには、素敵な殿とのがたがたくさんいますよね」

「私の周り? リュカ以外にいたかしら」

「もう、いるじゃないですか。ルイス様に、ミゲル様。それからウォーリア先生……」

「ルイスお兄様は家族だし、ミゲルと先生はたまにからんでくるだけよ」

みなさん、ロザリア様をお好きなんだと見ていてわかります」

「……そういうわけではないと思うけれど」

「──それに、なんと言っても、ご婚約者のオスカー様が……」

 よりいっそう声音が落とされて、どこか意味深なひびきを感じ取った。

 まさかと思ったロザリアは、慎重に問うた。

「……彼のことが気になる?」

「はい。うらやましいなぁと思います」

(これはっっっ!!)

 来たぞ!! と心の中でだいかっさいを送る。

(もしかして、婚約者である私にしっしている……!?)

 ついに望む展開になってきたのでは、とはやどうおさえてサラを見つめる。

「あ、あのね、サラさん。確かに彼は私の婚約者ではあるけれど、おもめる必要はないわ。私はあなたが思うままに生きてほしいし、邪魔もしないから」

「え?」

 キョトンとした目で見てくるサラに、あれ? とロザリアも首をかしげる。

(おかしいぞ、何かっていない?)

「えっとね、サラさん」

「そういえば、リュカさんのお名前が出て思い出しました。彼もとても人気なんですね」

(……ん?)

 急に話が変わったことよりも、その内容にまどう。

「それは、どういう……」

「実はさっき、お手洗いに行こうとしたら間違えて、出席者のお付きの人たちのひかえしつに入ってしまったんです。そこでリュカさんったら、じょさんやメイドさんに囲まれていたんですよ!」

 じゃに笑うサラに対し、ロザリアはこおりついた。

「……囲まれていた?」

「はい。そうですよね、男性なのにとっても美しいお顔立ちですし、ものごしやわらかでお優しいですもん。女性たちに囲まれちゃうのもわかります」

 先日の、アイスクリーム店での光景がよみがえる。あの時もリュカは、女性たちからの視線を一身に集めていた。皆、頰を染めてリュカを見ていた。

(また、女の人たちに……)

 あの日のように、むねの奥に妙な感覚が湧き上がってくる。モヤモヤとする何かが。

(……リュカは、私だけのものなのに)

 一瞬、そんなことを考えてしまった自分に驚く。

 もちろん彼はロザリアの従者なので、ロザリアに属している人ではあるのだけれど。

 それでも足りないような、欲張ったことをさけびたくなるようなしょうどうに駆られてしまった。

「──わ、私、リュカのところへ行かなくちゃ」

「えっ?」

 無意識にそう呟き、サラを置いてバルコニーを離れる。

 そのまま、会場の入り口へ急ぎ足で向かう。なぜか今すぐ、リュカに会わなくてはいけない気がした。

 会場を出て、早足でかいろうを進む。重たいドレスがうっとうしくて、よいしょとぎょう悪く抱えて早歩きをしていると、無数の光る何かがふわりと目の前に現れた。

「ロザリア、息を切らしてどうしたの?」

 目をらして見ると、それはしきからついてきていた小妖精たちだった。いつものように髪にじゃれつくことが出来ないので、妖精たちはドレスにまとわりついていく。

「リュカをさがしているの。見なかったかしら?」

「あの金髪の従者さんね! 彼なら庭園よ」

「あの美しい髪にお月様が反射して、キラキラ輝いていて素敵だったわ」

 きゃらきゃらと笑う妖精たちに礼を言って、彼女たちを振りとさないよう慎重に進んでいく。

 少し歩くと庭園が見えてきて、いけがきを回り込むと開けた空間に出た。星空の中央には満月がかんでいる。

 その真下、ふんすいいしがきに腰掛けているのは、ロザリアのたずびとだった。

「リュカ!」

 息を吐く間もなく名を呼ぶ。物思いにふけるように座っていたリュカは、ハッと顔を上げて振り向いた。

「……ロザリア様?」

「もう、捜したのよ」

「どうしてここへ……。舞踏会はまだちゅうなのでは」

 戸惑うリュカに近づき、顔を見上げる。月に照らされた彼はいつも以上に美しく、神秘的な存在であるかのように思えた。

「良かった、一人なのね。サラさんから控室で女性に囲まれていたと聞いて、気になってしまって」

「え」

(わっ、しまった。ついどくせん欲が強い主人みたいな言い方しちゃった!)

 勢い余って考えていたことを口にしてしまいこうかいしたが、リュカはそんなロザリアを見て相好をくずした。

「少し声をかけられていただけですよ。煩わしくて、一人になれる場所を探してここへ。……それを気にして、わざわざ来てくださったのですか?」

「え、ええっと、ほら。この間街へ行った時も、あなたってばいろんな女性から注目を浴びていたでしょう。モテるんだなって思ったら、なんだか心配になって」

「……心配、ですか。嫉妬してくださったわけではないのですね」

 苦笑したリュカに、「へっ?」と声がひっくり返ってしまう。

(嫉妬? ……え、これ嫉妬なの?)

 考えもしなかったことを言われ、動きが止まる。

 確かに、女性たちから熱い視線を送られるリュカを見て、胸がモヤモヤとしたけれど。

(私、嫉妬してたの……!?)

 その言葉を意識したたん、急速に恥ずかしくなった。

 前世でリュカを推しとしてでていた頃は、そんな同担きょみたいなおもいを抱いたことはなかったのに。むしろ、推しの良さを分かち合える人がいればいるほど、嬉しがるタイプだったのに。

 だけど今のロザリアは、リュカに自分だけの存在でいてほしいような、そんな我儘な気持ちを抱いてしまっている。

(どうして、こんな気持ちに)

 やはり、実際に目の前にいる彼と接しているからだろうか。生身の人間であるリュカと過ごしているうちに、欲張りになってしまったのだろうか。

 黙り込んだロザリアに、リュカが一歩きょを詰めた。

「私は嫉妬しましたよ。あの時、貴女に熱い視線を送っていた男たちに」

「え……」

「今夜だってオスカー様が──……」

 リュカが何かをこらえるように、言葉を飲み込んだ。

「……貴女はいつだって、男たちの視線を集めてしまう。ただでさえ目を引く容姿をしているのに、最近の貴女はとても──無防備に笑うから」

 真剣な表情で見つめられ、たじろいでしまう。

「何……言っているの。私なんて、そんな──」

「あのように無邪気な笑顔を見せられて、気にならない男はいませんよ」

「そ、そんなわけないでしょう」

 首を振って否定すると、リュカは眉を寄せた。

「貴女は自覚がなさすぎます。本当に、男というものをわかっていない」

 もう一歩踏み込んだリュカの顔が、間近にせまった。

「私にはわかるから言っているのです。──私も、男ですから」

 かれるような視線に、息をんだ。

「……っ」

 目を合わせていられなくなり、うつむいてしまう。そんなロザリアの耳元に、リュカの手がれた。

 ビクリと揺れた肩を宥めるように、「そのままで」と静かに声が落とされる。

 触れる指が熱い。目をつぶってじっとしていると、リュカが離れた。

「……?」

 耳元に重みを感じる。ロザリアのために彼が常備している手鏡を受け取ってのぞくと、そこにあったはずのシンプルなイヤリングがなくなり、代わりに紫がかった赤い色の宝石がめ込まれた、の形のイヤリングがぶら下がっていた。

「……綺麗」

「ロードライトガーネット。貴女の石です」

「私の?」

「はい」と頷き、リュカがイヤリングに触れる。

「男が女性にイヤリングをおくる意味を、ご存知ですか?」

「……知らないわ」

「『自分の存在をいつでも感じていてほしい』──そういう気持ちを込めて贈るのです」

 再びぐな視線を向けられ、心臓が大きくねた。

「貴女以外の女性のことなど、気になるわけがないではありませんか。私の心はこんなにも、貴女でいっぱいなのに」

「……リュカ」

「何度だってお伝えします。私は貴女だけのものです、と」

「…………っ」

 今度は目を逸らせなかった。瞬きすることすら忘れ、眼前のもえ色の輝きを見つめ返す。

 そこには、自分など足元にもおよばないくらいの、独占欲に満ちたほのおが燃えている気がした。

(……こんな顔を、するなんて)

 そう意識した途端、心臓が騒ぎ出した。ドキドキドキと、激しく胸をたたいていく。

(ちょ、ちょっと待って。なんなのこれは)

 胸の内側が熱い。鼓動がうるさい。

 リュカの視線を受け止めたまま動けずにいると、やがてかすかに音楽が聞こえてきて、意識が引き戻された。

 リュカにも聞こえたのか、身を後ろに引いて辺りを見回す。

「……何か、聞こえますね」

 庭園のどこかから、楽しそうなメロディーが聞こえてくる。だがこれは、舞踏会の楽団がかなでているものではないだろう。何重もの音が重なるものではなく、もっとシンプルでかろやかなメロディーだ。

「妖精が奏でているんだわ」

 月明かりが照らす庭園を見回すと、噴水や生垣、葉のかげに隠れて、小妖精たちが踊っているのが見えた。彼らの舞踏会が始まったのだ。

「妖精の……」

 リュカはしゅんじゅんした後、思い切ったようにロザリアの前に手を差し出した。

「レディ、よろしければ──私と踊っていただけますか?」

 躊躇ためらいながらも差し出された手を、ロザリアはじっと見つめる。

 ──リュカからの、初めてのダンスのお誘い。

 感情がせわしなく動いて落ち着かないままではあったが、ロザリアはその申し出を断る気にはなれなかった。

「……はい。喜んで」

 手を取ると、リュカがホッとしたように息をいた。

 そのまま手を引かれ、踊り出す。

 妖精の音楽は自由な曲調で、決められたステップなどない。だから二人も、たらなステップを踏んでいく。

 それでも、マナーにのっとったダンスの何倍も楽しいと感じた。

 いつの間にか周りには妖精たちがたくさん集まっていた。彼らも自由に歌い踊り、笑い声を上げている。

 リュカはもうすっかりいつも通りのおだやかな表情に戻っていた。

 けれどロザリアは、つながれた手の熱さを意識しながら、改めてある事実に気付いてしまっていた。

(……さっきのリュカ。男の人の顔だった)

 従者としてのものではなく、一人の男としての顔だった。

 それはロザリアをこんわくさせるものでもあった。

 わかっていたはずなのに、わかっていなかった。リュカも年相応の男性なのだということを。

(……どうして今まで、気付かなかったんだろう)

 あくまでも守るべき推しとして見ていて、そんなふうに感じるすきはなかったのだ。リュカは生身の男性として、ずっとそこにいたのに。

 そしてもう一つの事実も、ロザリアの困惑を加速させていた。

である彼に、どうしようもなくときめいてしまった私がいる……)

 今までにない炎を宿した強い眼差しに、感じたことのない衝動が湧き上がったのだ。

 どうしてだか、自分から彼に触れたくなるような、そんな気持ちに。

 ──この人が、こいしいと。

(……うわ────っ!?)

 恥ずかしさのあまり全身が熱くなる。けれど平静をよそおわなくてはと、顔を出来る限り俯かせてダンスを続ける。

 ロザリアの様子がおかしいことに気付かないくらい、リュカもいつになく緊張していたことなど知るよしもなく。

 二人きりの舞踏会は、満月と妖精たちに見守られ──そして何かが変わる予感をメロディーに乗せながら、しばらくの間続いたのだった。



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悪役令嬢は二度目の人生を従者に捧げたい 悪役令嬢は二度目の人生を従者に捧げたい/ビーズログ文庫 @bslog

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