仕立て屋を出て数十分後。

 ロザリアは、リュカ、オスカー、サラの四名で、街の大通りの先にある公園に来ていた。

 ベンチに座って周りを見てみると、中央に可愛らしい看板を掲げた屋台があり、若い男女が集まっている。どうやらそこが、サラのお気に入りのアイスクリーム店らしい。

「ロザリア様、どうして私たちも一緒なのでしょうか」

「私もわからないわ。かなり良い感じのふんになってきていたから、てっきり二人で出かけてくれると思ったのだけれど」

 小声でリュカとやり取りをする。サラは言うまでもなく楽しそうにニコニコしており、オスカーはこういった場所に初めて来たからか、興味深そうに周囲を観察していた。

「いきなり二人きりは恥ずかしい、ということかもしれないわね」

「なるほど」

 前世では経験があるが、今のロザリアとしてはもちろん、オスカーも、公共の場でベンチに腰掛けてアイスを食べる──なんてこと、したことがないはずだ。それでもオスカーが不快感を示さずついてきたのは、サラのことを知ろうと思ったからなのだろう。

(あれ、そういえばオスカールートにこんなイベントがあったぞ? サラの視点で物事を見ようと考え始めたオスカーが、二人で街に出かけてデートをする……というイベントが)

 つまりこれは、オスカールートのシナリオが進行しているということだ。自分たちがいるというそう点があるが、これは良い方向に進んでいるととらえて良いのではないだろうか。

(調子いいじゃないの! やったぁ!)

「ロザリア様も喜んでくださって、嬉しいです」

 かんの気持ちが顔に出ていたらしい。ニヤついてしまったロザリアを見て、サラが嬉しそうに笑った。

「そうね、なんだかとっても楽しい気分だわ」

 二人して微笑んでいると、オスカーが疑問を口にした。

「それで、この後はどうすればいいんだ?」

「あ、はい! この中から食べたいものを選んでください! 買ってきますので!」

 オスカーの問いかけに、サラがメニューのったチラシを取り出す。ロザリアとして生活し、上品な高級を食べ慣れてしまった身としては、カラフルでポップなしきさいにワクワクしてくる。

「どのアイスも見た目が可愛くて美味おいしそうね。迷ってしまうわ」

 どれも食べてみたくて目移りしていると、オスカーが『人気ナンバーワン』と書かれた写真を指さした。

「人気らしいし、これなんかどうだ? ミントチョコレート……」

「ロザリア様はこちらですよね、ストロベリーチョコレート」

 オスカーの言葉をさえぎるように、リュカがピンクと茶色のアイスを指さす。

「ロザリア様は、ミント風味のものがあまり好みではありませんでしたよね」

「さすがリュカ、よくわかっているわね。私もこれが一番良いなと思っていたの」

「…………」

 ニッコリ微笑み合うロザリアとリュカを、オスカーが顔をしかめて見てくる。

「じゃあ俺も、同じものを」

「ちょっと、しないでよ」

「いいだろう、俺もお前が好むという味に興味を持っただけだ」

 なぜツンツンしているのかわからないが、意見を変える気はなさそうなので、まあ好きにすればいいか、と受け流す。後の二人も味を決めたところで、リュカが立ち上がった。

「では買って参ります。ロザリア様、せんえつながら、ご一緒にお願い出来ますか?」

 珍しいリュカの申し出に、ロザリアは彼の意図をすかさず察した。

(そうか! 二人きりにするチャンスよね! さすがリュカ!)

「ええ、行きましょう」

 差し出された手を取り、ロザリアも立ち上がる。

「そんな、ロザリア様に頼むわけには」

「いいのよ、サラさん。興味があるから行きたいの」

 申し訳なさそうなサラを宥めて、オスカーに向き直る。

「では、二人で仲良くかんだんでもして待っていてちょうだい」

「? ……ああ」

 意味深な笑みを見せたロザリアに、オスカーは不思議そうな顔をしながらも頷いた。

(よし、この時間で親密度を上げちゃってね!)

 心中でひっそりとオスカーにエールを送り、リュカと共に屋台へ向かう。店には二十人ほどの行列が出来ており、いかに人気店なのかということがうかがえた。

(なんだか懐かしいな、この感じ)

 前世では、友人とこんなふうに買い食いをしたことがよくあったものだ。しかし、こうしてリュカと並べる日が来るとは思わなかった。あの頃の私にまんしたい。

「申し訳ありません、ロザリア様。このように並ばせてしまって」

「気にしないで。むしろ機転をかせてくれたことに感謝しているくらいよ」

 そのまま並んでいるうちに、なんだか視線を感じることに気付いた。そろりと辺りをると、行列に並んでいる人や店の周囲にいる人々が、こちらをチラチラと見ていた。

(え、どうしたのかしら。何か目立って──……ああっ!?)

 しんちょうに観察してから、ロザリアは状況を把握した。若い人から年配の人まで、はばひろねんれい層のの視線がリュカにくぎづけになっている。

(みんなリュカを見てる!? なんで!? ……いや、なんでじゃないわよ私!!)

 脳内ツッコミを入れながら、当たり前の公式設定を思い出す。

(そうだった、リュカもロザリアに引けを取らないぼうのキャラとしてえがかれていたじゃない! そりゃつうの女性は色めき立つってもんよ……!)

 学園ではリュカはロザリアの従者として周知されているので、彼をそういう目で見る者はまずいない。でも学園外に出てしまえば、何も知らない女性たちから熱い眼差しを向けられてもおかしくないのだ。

(なんだろう、しの美貌がみんなにわたるのは嬉しいはずなのに、なぜだかすごく複雑……!)

 ここまであからさまに見つめられることは、そうはないからだろうか。リュカが目を引く外見だということを、こんな形で自覚する羽目になろうとは。

 妙に胸がザワザワし始めたロザリアのかたを、とうとつにリュカがグイっと引き寄せた。

「ど、どうしたの?」

「……やはりいけませんね。どうしても目を引いてしまうようです」

 けんしわを寄せて周囲に目を遣るリュカも、どうやら気付いていたようだ。

「……そうね。あなたって本当に目立つのね」

「え? いえ、目立っているのは私ではなく……」

「うっかりしていたわ、あなたが絶世の美青年だったということを忘れるなんて」

「……無自覚なのにも困ったものですね」

 苦笑いされた気配を感じ、しかめっつらになってしまう。

「笑い事じゃないわ。落ち着かないじゃない、こんなに女性たちから注目されているなんて。私が隣にいるというのに──……」

 わがままじみた発言をしてしまい、言葉を切る。リュカは驚いたようにまばたいた。

「……まったく、どうしてそんな心配をする必要があるんですか」

あきれられた……!)

 困り顔をそう受け取ったロザリアは、たまれなくなって顔をそむけた。

「本当にわかっていないですね、貴女あなたは」

 小さく呟かれた言葉は、人のにぎわいにまぎれてロザリアの耳には届かなかった。


 周りからの視線にへきえきしながらもアイスを買い終え、オスカーたちの元に戻ると、思いのほか話が弾んでいたのか二人は良い笑顔だった。

「二人とも、楽しそうね」

「ロザリア様、リュカさん! ありがとうございます!」

「すまなかったな」

「いいのよ、おかげで現実への危機感が持てたから」

「……何を言ってるんだ?」

「こちらの話よ。さ、いただきましょう」

 ベンチに腰を下ろし、アイスクリームに口をつける。

「うん、美味しいわ!」

「なるほど。なかなか美味うまいな」

「えへへ、お口に合ったのなら良かったです!」

(ふむ。サラは楽しそうだし、オスカーも平民の食文化に特にへんけんもなく馴染んでる。ゲームの通りじゃないかな、これは!)

 計画が順調であることを意識すると、先程のモヤモヤもうすまり、アイスの味もより美味しく感じる。げん良く食べていると、リュカが自分のアイスを一さじすくって差し出した。

「ロザリア様、よろしければこちらもお食べになりますか?」

「え、いいの?」

 スプーンに載せられたキャラメル味のアイスに、目を輝かせる。実は、リュカが選んだ味は最後までなやんだやつだったのだ。

「はい。ロザリア様は、こちらの味もお好きだろうと思いましたので」

「もしかして、私のためにこれを選んでくれたの?」

「もちろんです」

 ニッコリと微笑まれ、キャーッと心の中でさわぐ。

(さすがリュカ! ロザリアのことを知りくしてる!!)

「ありがとう、ではいただくわ」

 スプーンを受け取り、口に含む。ううむ、期待していた通りに美味である。

「ま、待て。俺のも食べていいぞ」

 なぜかオスカーが慌てた様子で、自分のアイスも一さじ掬った。

「あなたのは私と同じ味でしょう。いらないわよ」

 しれっと断ると、オスカーが苦々しげな顔をした。そこにサラも割り込んでくる。

「ロザリア様、私のはいかがですかっ?」

「いいのよ、あなたは好きなだけ食べなさ──、きゃっ」

 とつぜん肩に重みを感じ、前のめりになる。

「ロザリア様!」

「な、何かが急に──……あら」

 見ると、肩には小妖精のエアリアルが乗っていた。空気の精でもある光の妖精だ。

 エアリアルは、キラキラした目でロザリアが持つアイスを見つめていた。

「美味しそうねぇ! 私にもくださいな!」

「これが食べたいの? いいわよ、どうぞ」

 キャッキャとじゃれつくエアリアルに、快くアイスを分けてあげる。リュカが何か言いたそうにしたが、「いいのよ」と目で制する。

「ロザリア様、その妖精さんはお友達ですか?」

 サラの問いに、いいえと首を振る。

「初めましてよね。良きりんじんさん、あなたはこの公園に住んでいるの?」

「ええ、そうよ!」

 ふわりとれるはねをそっとでると、エアリアルは気持ちよさそうに笑った。その表情を見て、ロザリアの頰もゆるんでしまう。

「気に入ったのなら、好きなだけ食べていいわよ」

「わあい!」

 可愛いなぁ、とニコニコしながらながめていると、サラが感激したように両手を合わせた。

「さすがロザリア様! 初めて会った妖精さんとも、すぐに仲良くなれるなんて!」

「やだ、おおよ」

「……いや、大袈裟なんかじゃない。お前は本当に……すごいな」

 オスカーもかんがいぶかそうに言う。そんなふうに手放しで褒められると、恥ずかしくなってきてしまう。

「すごくなんてないったら。ねえ、リュカ。──……リュカ?」

 一瞬、リュカが眉をひそめてオスカーを見ていたような気がした。けれど彼は、すぐにロザリアに向けて笑みを見せてくれた。

「そうですね。ロザリア様は本当に……、誰もをりょうする力がおありですから」

 含みのある言い方に聞こえたのは、気のせいだったろうか。

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