第三章 月夜の妖精舞踏会は新たなフラグを呼び起こす
①
「あ、あのっ、ロザリア様!」
「サラさん、どうしたの?」
「こ、この間教えてくださった参考書、とてもわかりやすかったです。
授業で助けてから、サラは
今ではリュカお
「それは良かったわ。何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてちょうだいね」
「はいっ、ありがとうございます……!」
まるで聖女を見るかのように、サラが顔を
(あーもう本当に
ロザリアの期待に反し、オスカーとサラの関係は大して進展していないようなのだった。
仲が良くないわけではないし、残り三人の
(そんなだから、イヴァンにも見当違いな誤解を持たれてしまったのよね、きっと。これはもう、何か手を打たないと
さてどうしよう、と考えていると、ちょうど当のオスカーがやってきた。
「ロザリア、来月の
(舞踏会? ……ああ! あのイベントね!)
オスカーが学園の生徒を招待し、
無論、ロザリアはいつもの
(もしかして、サラを誘いたいのだと自己
「もうすぐだったわね。いいのよ、わかっているわ。あなたは好きな方を誘って……」
「もうお前
「……え?」
思ってもいなかった
「……私が、一緒に? ……どうして?」
「何を
(…………あれぇ?)
おかしい。予定していた展開ではない。なぜ自分が指名されているのか。
「む、無理しなくていいのよオスカー。婚約者だからと気を
「なんで気を遣ったことになっているんだ。俺がそんな
「……えっと」
「用はそれだけだ。じゃあな」
ロザリアが返答に
(おおい、ちょっと待て!? どうして急に婚約者
ゲームならとっくにロザリアは
(もしや、サラとの進展が足りないからこうなってしまった!?)
これは
「……なるほど、そう来ましたか」
彼にそぐわない
「……リュカ?」
「ドレスを新調しなくてはいけませんね」
ロザリアの視線に気付いたリュカは、いつも通りに
「仕立て屋はいつ呼びましょうか」
「ええと、そうね。……あ!
*****
「おい、これはどういうことだ?」
「舞踏会で着るドレスを仕立てるのに、付き合ってほしいと言ったでしょう?」
「それは、確かにそう聞いたが……」
休日の昼間。ロザリアとリュカ、それからオスカーは、王都でも有名なドレスの
貴族専用の特別応接室に案内され、
「お前がこういう場所に俺を呼びつけるなんて
「そんなに疑い深い目で見なくてもいいでしょう。たまにはいいじゃないの」
ふふ、と意味ありげに笑ったところで、店主がそっと耳打ちしてきた。
「ええ、そのまま通してちょうだい」
ロザリアの返事に、頭を下げた店主が部屋を出て行く。なんのことだという顔のオスカーを見て、ロザリアは
すぐに店主が
「いらっしゃい、サラさん」
「ロザリア様!」
ロザリアを見て一気に表情を明るくしたサラを見て、オスカーが
「ベネット
オスカーの存在に気付いたサラが、
「オスカー様、こんにちは。今日はロザリア様にお招きいただきました」
「……ロザリアが?」
オスカーが、何か
(ええ、ええ、企んではいますけどね!)
という心の声を
「あの、でもロザリア様……、ここ、ドレスの仕立て屋さんでは……?」
「その通りよ」
「ええっ!」
「……ベネット嬢、君は知らずに来たのか?」
「は、はい。先日、外出のお誘いをいただいて、こちらへ来るようにと……」
「だって、目的を知ったら来てくれないだろうと思ったんだもの」
高級ドレスの老舗店なんて、平民のサラを誘ったところで絶対に
「ロ、ロザリア様、私に舞踏会に着ていくドレスがないことを気にかけてくださったのは、とても
「何を言っているの。お金なんて気にしなくていいわ。そんなの私が……」
言いかけた時、オスカーが何かに気付いたようで、割り込んできた。
「いや、ここは俺が
「ええっ!?」
オスカーの申し出に、ロザリアは心の中で「よくぞ言ったー!」と
これこそが目的だったのだ。
平民のサラが、舞踏会に着ていくようなドレスなど持っているわけがない。ゲームでも貸
その後、攻略対象たちとのあれこれで
そして、それを近頃親しくしている男性が贈ってくれたとなれば、心を動かさずにはいられないのではないだろうか。
(オスカーもこっちの意図に気付いてくれて良かったわ。まあ、
わざわざ店に呼び出して二人を引き合わせ、サラにはドレスを買うお金がないという事実を知ってもらう。自分が主催する舞踏会において、招待客の一人であるサラに負担をかけてしまうことに気付いたオスカーが、責任を感じて準備の手伝いを申し出る──その考えに至ってくれるだろう、と思ったのだ。
そして、ロザリアが
(しかもこの計画は、これだけじゃ終わらないのよ。いろんなドレスを試着してサラの
《おといず》一の美人キャラはロザリアだが、ヒロインであるサラだって十分美少女なのだ。各ルートのエンディングで様々なタイプのドレスを着ているスチルがあったが、どれもこれもとても可愛らしくて、似合っていたのを覚えている。
「準備は整ったわ。あとはあの子の魅力を最大限に引き出していくわよ」
「はい、
リュカの
最初にこの計画を話した時、「わざわざ休日にオスカー様と一緒に出かけられるのですか?」と不満そうにしていたリュカだが、目的を説明したら快く引き受けてくれた。
オスカーにはサラに
「さて、始めましょうか」
王太子
ロザリアは満足げに笑って、店主にドレスを持ってくるよう指示を出した。
「良いわね、これもキープしましょう」
「でも、レースがたくさんあって、目立ってしまいそうじゃないですか?」
「ベネットさん、年頃の女性にはこれくらいがちょうど良いと思いますよ」
「そうよ、一番目立つくらいの気合でいきましょう」
高価なドレスに囲まれて恐縮するサラを、リュカと
「わ、私なんかが目立つなんておこがましい! ……目立つと言ったらやはり、ロザリア様ではないでしょうか。きっとどんなドレスもお似合いになるのでしょうね……!」
「当然です。ロザリア様に似合わないドレスなど、この世に存在いたしません」
真顔で言われ、
「そんなことないわよ。それに私はむしろ、今度の舞踏会では目立たずひっそりとしていたいくらいだもの」
「駄目ですよう、ロザリア様のドレス姿を拝見するのが楽しみなんですから!」
「そうですよ。ロザリア様には
「ちょっと、リュカ」
ロザリアを
リュカはすぐに気付き、新たな布をサラの前に
「ベネットさん、こちらも最近の流行の色合いで、
「わあ、
「まあ、上品な
サラのイメージから、
(ゲームのスチルでも淡い色合いのドレスしか着てなかったのよね。だからなんとなくそっちの系統で合わせてしまってたんだけど)
「素敵ね。オスカーもそう思わない?」
「え? ……ああ」
「すごいわね、リュカ。あなたって本当、美的センスも見事なんだもの」
「ロザリア様の従者として恥ずかしくないよう、そういったものも養うべく心得ておりますから」
「リュカさんの忠誠心は本当に
感心した様子のサラに、「そうでしょう!」と心中で
「さて、これも良いけれど、さっきの淡いピンクも捨てがたいわね。オスカーはどう思う?」
「オレンジも合いますね。オスカー様のお好みはどちらです?」
「……ああ、どちらも良いと思うが」
リュカと代わる代わる勧めてもいまいちな反応しかしないオスカーに、ロザリアは眉を
「ちょっと、真面目に考えて。サラさんの大事な一着を決めようとしているんだから」
「お前たちがかしましく話を進めるから、入っていけないんだろうが!」
言われて気付く。リュカは
「……それは申し訳なかったわ。もうあなたを置いてけぼりになんてしないから、一緒に選びましょう」
「おい、まるで子ども扱いをするな」
不服そうな顔をしながらも、オスカーが首を
「なあ、
「あら、私のことは気にしなくていいのよ。それよりこれはどうかしら?
「まあ、似合うとは思うが」
「やっぱりそう思うわよね。サラさん、これもキープよ」
「おい、ロザリア」
「オスカー、あなたの好きな色は何? その色の生地も合わせてみましょう」
「俺の話を聞け」
オスカーの声のトーンがほのかに低くなったので、仕方なく振り返る。
「──だから、私のドレスについては気にする必要がないのよ。もう決めてあるから」
「は?」
「えっ!?」
オスカーとサラの声が重なった。
「あなたたちが来る前に、リュカに見立ててもらって決めたのよ。だから私のドレス選びはもう
「……お前は俺に、お前のドレス選びに付き合えと言わなかったか?」
「言ったけれど、早く着いて時間が余ってしまったんだもの」
というのは
「…………」
「そんなぁ、私もロザリア様のいろんなドレス姿を見たかったです……」
オスカーはムスッと黙り込んでしまい、サラはしょぼくれた。
「どうせ当日会うのだからいいでしょう。さ、オスカー。この中から決めるわよ」
「ベネット嬢のドレスに俺の意見は必要なのか?」
「必要よ!」
力強く言ってみせたが、オスカーはなぜだかわからんという顔をしていた。
(わっかんないかな〜もう! オスカーは自分好みのドレスを選ぶ、そしてサラがそれを着る!
どうにも
「どれが一番似合うと思うか、
「……そう言われてもな」
「オスカー様、私からも、ぜひともお願いします!」
「……なら、この中でも君が特に気に入っているものに
「はい!」
二人で会話が進み始めたので、ロザリアは
そのままソファに腰掛けると、すぐにリュカが動き、紅茶を差し出してくれた。
「お
「ありがとう」
受け取った紅茶を口に
「ふふ、順調だと思わない?」
「そうですね、お二人とも好感を持っていないわけではない……と、思いますが」
意見を出し合ってドレス選びをする二人の姿は、ただのクラスメートよりは確実に親しく見えるだろう。うん、
「見て、オスカーってば今、微笑んだわよ。あまり人前でそういう顔をする印象がないのに、サラさんには気を遣わずに接しているように見えるのよね。サラさんの方も、始めの頃は王太子という身分に一歩引いていたように見えたけれど、今は
「……それは、ロザリア様に対しても言えるような気がしますが」
「え、私? 私はいいのよ、関係ないもの」
「……そういうことではないのですが」
「じゃあどういうこと?」
リュカは黙ってしまった。
「ねえリュカ、今のはどういう──」
「ロザリア様ぁ! これなんてどうでしょうか?」
声を
「素敵ね。
ロザリアが言うと、サラがきゃあっと嬉しそうに
(いやいや、それ選んだのはオスカーだよね? その笑顔オスカーに向けようか!?)
しかし、オスカーは特に気にしていないようだったので、サラの笑顔を見せるのは
「……ええと、後はアクセサリーを決めないといけないわね。──持ってきていただける?」
ロザリアが合図をすると、店主が
「ア、アクセサリー? さすがにそこまでは……」
「気にするな、ベネット嬢。
「でも……」
「ここまで来たら、最後まで責任を持って手伝わせてくれ」
「あ、ありがとうございます……」
(おっ、その調子よオスカー! この勢いでパートナー役への立候補もしてくれないかな!?)
期待を
しかし、それを見たロザリアは、つい口を出してしまった。
「待って。それならこちらの方が、サラさんの顔の形に合っているんじゃないかしら」
「そうか?」
「ええ、一見して大した違いはないけれど、
テキパキと髪留めやイヤリングを選んでいくロザリアに、サラが目を輝かせる。
「ロザリア様、お
「昔からアクセサリー選びは手を抜かないよう、母から言われてきたの。顔周りに配置するアイテムなら特に、目立ちすぎず、所有者の良さを美しく引き立たせるように──念入りに選びなさい、と」
「なるほど……!」
「はい、これでいいわ。
(どうよ、オスカー!)
フフン、とオスカーを見ると、彼は目の前の着飾ったサラではなく、なぜかロザリアをじっと見ていた。
「……オスカー?」
「あ、いや、何も」
パッと顔を
(あ、まさか照れてる!? サラがあまりにも可愛いから直視出来なかったとか!?)
全く
「なんだ、お前か。驚かせるな」
「オスカー、ありがとう。あなたがすぐに
「……やはり、わざと仕組んだんだな。ベネット嬢が準備で困るだろうということに、俺が気付いていなかったから」
「……まあ、ざっくり言うとそうね」
いろいろと企んではいたが、
「よく見ているな、周りのことを」
「ちゃんと見ようと思い始めたのは、最近だけれどね」
「それでも、お前が今日この場を設けてくれなかったら、俺は気付けないままだった。無神経な男になってしまっていただろう。だから……感謝する」
「いいわよ、そんな改まらなくて。サラさんの楽しそうな姿が見られて、私も楽しかったし」
「……彼女みたいなタイプをお前は好まないと思っていたから、最初は何か企んでいるのかと疑っていたが──……
「人は変わるものよ」
「お前が言うと説得力があるな」
「ところで、彼女の
「まあ、気取っていなくて好感は持てるな」
「でしょう!?」
色よい反応に、思わず食い気味に返してしまう。
「な、なんでそんなに顔を輝かせてるんだ」
「……失礼。まあ、その……彼女はとてもいい子だから、もっと知っていくべきだと思うのよ。ほら、視野を広くするのは大事でしょう?」
「視野を広く……、そうだな」
ふむ、と一考したオスカーは、ロザリアに提案をしてきた。
「ではこれから、彼女が好んでいる場所に行ってみるというのはどうだろうか」
(おお! デートか!?)
「いいわね。ぜひ楽しんできてちょうだい」
「何を言っている。お前も来るんだぞ」
「……はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます