恐ろしくも美しい犬神の呪

 誘拐された犬神使いの家の息子と、それを救わんとするふたりの男のお話。
 ファンタジーです。それもゴリッゴリの和風ファンタジー。実を言うと和風ファンタジーってあんまり読んだことがなく、そのうえ知識すらもない(歴史とか何もわからん)人なのですけれど、そんな自分が読んでもしっかり和風ファンタジーなのがすごい。
 この作品の魅力をどんな言葉で伝えたものか、正直ものすごく難しいのですけれど、ひとことで言うなら『丁寧に組み上げられた世界そのものに面白みのあるタイプのファンタジー』。なんとなくSFっぽい印象すらあって(個人の感想というか、人によって〝この感覚〟を表す語が違いそう)、つまりあくまでも和〝風〟です。昔の日本そのものではどうもなさそうなのに、でもそれがものすごく日本日本〝している〟ような感覚。度肝を抜かれました。和風ファンタジーなのにしっかりハイファンタジー(異世界)してるというか。
 歴史上の何かにオリジナルな設定を組み込むのではなく、どうもきっちり一から組み上げているっぽい世界(違ったらすみません)。でもしっかりと和風なんです。イメージ的に身近な和のエッセンスで想像できる。読んでいるとひしひし感じるこの感覚、こう書いてしまうと何がすごいのか全然説明できてない気がするんですけど、でもこれが本当に〝イイ〟んです。
 社会制度や組織まわりの設定が架空のそれで、でも説明がなくとも名称だけでだいたいわかってしまう、この『だいたい』の気持ちよさ。っていうかもう、ただ単純に格好いいです。固有名詞等々がもう雰囲気バリバリで、自分の心のどこかのセンサーがずっと反応しちゃうような。こういうのなんて言えばいいんでしょう?
 その上で、というか、その設定面の架空度合いだからこそ魅力が増してくるのが、この物語の主軸。すなわち、事実上の主役であるところの『犬神』です。
 犬神という語(概念)そのものは現実にあるものですけれど、でもこの世界のそれは果たしてどのような存在か? 『黒犬玉』というタイトルに、暗闇の中に慟哭する飢えた獣から始まるプロローグ。この『呪』の不吉さと『獣』の生々しさ、対照的なふたつの恐れから成り立つ黒い生き物の、その恐ろしさが故の美しさ。さっき「ファンタジーなのにSFみたい」的なこと言っといて手のひら返すようであれなんですけど、なんだかホラーみたいな鋭さがあるなあ、なんて、いやもうめちゃくちゃ言ってるみたいですけどでもお願い伝わって! 全部本当だから! という、もう本当に説明に困ります。
 終盤が好きです。あるいはキャラクターそのものでもあるのですけれど、とにかく少年(蓮)と犬神(玉)との主従関係というか、その信頼が垣間見られる光景がもう。総じて雰囲気の良さとセンスの光る、世界そのものに気持ちよく浸れる作品でした。