黒犬玉

山本アヒコ

飢える犬

 それは飢えていた。

 耐え切れず吠えながら頭を振り回し、長い毛が暴れる。顔にまとわりつき口に入ろうとも、この飢えの前には意識することもできない。

 欲しい、欲しい、欲しい。肉が欲しい。今すぐ柔らかい肉を牙で噛み千切りたい。口にあふれる旨味を何度も味わい、かぐわしい香りを存分に鼻から吸い込みたい。

 何度も何度も牙を虚空に打ち鳴らすが、もちろん肉などそこにはない。それでも口を開閉させることをやめられなかった。荒い息を吐きながら、肉を求めて吠える。

 周囲は一切の光がない。暗闇のなかに音は自分の吠える声しかなかった。

 重い扉が開かれ、一筋の光が差し込む。反射的にそちらへ目を向けると、数人の男たちが立っていた。扉が開いたことで空気が室内に流れ込み、それに乗って臭いが鼻に届く。男たちの肉の匂い。

 一瞬感じた肉の匂いだけで頭が暴れ出す。欲しい、よこせ、食わせろ、肉に牙を突き立てたい。欲望のままに吠える。

「おお、おお。犬が吠えておる」

「そんなに食いたいか卑しい犬めが」

「もうしばらく待っていろ。そうすればうまい肉を食わせてやる。たらふくな」

 男たちは犬に負けない卑しい笑みを浮かべながら、扉を閉めた。完全に閉じられる寸前、こちらを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、一瞬で途切れた。

 再び一切の光を失った暗闇でそれは吠え続ける。

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