人探し

 荒々しい足音が廊下から聞こえてきたと思ったら、大きな音をたてて木戸が勢いよく横へ開かれた。

「瀬綱っ! 貴様、こんなところにいたか!」

「うるさいぞ長光。ここで大声をだすな」

 瀬綱と呼ばれた男が迷惑そうな表情で振り向くと、息を切らせた大男、長光が立っていた。もともと険しい顔に眉間へ深いしわが刻まれていて異様な迫力がある。

 その様子に部屋にいた男たちも目を丸くしている。ここは都の運営を司る本営宮尚書寮の部屋のひとつだ。狭い部屋のなかに大量の木簡や竹簡が積み上げられていた。

「朝議にも出ずこんな場所でさぼっていた貴様がへらず口を!」

「こんな場所とは失礼な。たしかにここは尚書寮の一番下の者が押し込められた、カビのはえた資料が集められた場所だけれど、そんなに罵ることはないだろう?」

「黙れ! そもそも貴様は尚書寮ではなく、護回もりまわりの人間だ! いいから来い!」

 長光は瀬綱の手首をつかむと、有無を言わせず立ち上がらせ連行する。戸惑う彼を気にすることなく、荒々しい足取りで廊下を進む。すれ違う者たちは長光の表情を見て端に体を寄せて避けていく。

「わかったから手をはなしてくれ。それでどこへ行くんだ」

「わからん。とりあえず俺たちは都から西のほうをまかされた」

「ん? 外回りか。また盗賊でもでたのかな」

 瀬綱と長光は本営宮御所頭の護回である。御所頭とは帝が座す都を守る組織。護回は役職だ。その仕事は都やその周辺を自身の足で歩き、不審な物事がないか見回るのが主だ。たまに盗賊の討伐などを行うこともある。

「何人で行くんだ?」

「俺と貴様の二人だ」

「それなら討伐じゃなくて調査か。楽そうだな」

「今回は盗賊討伐じゃない。人探しだ」

 人探しというのはよくある仕事だ。その多くは罪人である。

「今度はどんな間抜けの罪人だ? またくそ貴族に偽物の茶器を売りつけたやつを探せとかいう話じゃないだろうな。くそ貴族を騙したことは罪どころか善行だよ。見つからなかったが、もし見つけたとしても私なら逃がしてたね」

「黙れ。今回は本当に遊びじゃない」

 長光の声に真剣さを感じた瀬綱は口を閉じた。こういった口調になるときは、本当に面倒な事態なのだ。瀬綱の表情も引き締まる。

「何があった」

安乾やすいぬい家の当主の息子が行方不明だ。脅迫する手紙は届いていない」

「たしか、安乾家といえば犬神使いの……」

「そうだ。先代の帝を殺そうとした大呪霊を祓った、あの安乾家だ」

 事態を把握した瀬綱の口元が引きつる。

「おいおい……あの大呪霊って数百人の武人を殺し、何里もの木々を枯らしたってやつだろ。それを祓った安乾家の当主の息子が行方不明って……」

「外出したところを何者かが襲ったらしい。護衛と女中の何人かが死んでいる。生き残った人間に聞いても、顔は隠していてわからなかった。護衛はそれなりの実力者で、頭首の息子もまだ元服前ながら一人前の犬神使いらしい。それなのに攫われたのだから、相手はかなりの手練れのようだ」

「それはなんとも……目的は何だろうか?」

「さあな。安乾家は権力争いとは無縁だからな、その方面では望みが薄い。となると、おそらくだが呪法がらみではと思うが……」

 長光はあごに手をあてながら難しい顔で黙り込む。手を解放された瀬綱は、強く掴まれて赤くなった手首をさすりながら、早歩きの長光に遅れまいと足を動かす。

「呪法か。そっち方面に私は疎いからなあ。犬神はあれだろ、管狐や式神みたいな」

「人が主となって使役するのは同じだ。だが管狐と式神は呪霊だが、犬神は少し違う。実際の犬をしゅによって犬神にする」

「へえー。どうやってただの犬を犬神にするんだ」

「詳しい事は秘伝だろうしわからんが、飢えさせるらしい」

 呪法はその名の通り、呪いだ。恨み、苦しみが怨念となり呪になる。飢えも高まれば呪いへと変化する。

「犬を極限まで飢えさせる。人でもそうだが、飢えは肉体だけでなく心も壊す。飢饉が起これば親を我が子を食うなどよくある話……そういうことか?」

 長光は立ち止まり、口元を手で覆う。眉間にはさらに深いしわが刻まれ、目は危険なほど強い光が輝く。

「何だ? どうした?」

「……犬神は犬を飢えさせ、呪となったところで縛り使役する。ただ無理矢理ではなく、利益を与えてだ。それは飢えさせないということ。食い物をあたえて腹を空かせない。だからこそ犬神は使役者を主と認める。だが飢えさせてしまえば、犬神は主と認めない」

「つまり、犬神に見限らせるために攫ったってことか? 何でわざわざ面倒なことをするんだ。犬神を直接狙ったほうが簡単だろ?」

「ああそうだ。狙いは犬神だ。ただし今の犬神ではなく、さらに強くなった犬神だ」

 瀬綱は首をかしげる。呪法に疎い彼にはもうついて行けない。

「犬神は呪霊でありながら、犬だ。犬が忠義に厚い獣だと貴様でも知っているだろう。だからこそ犬神は主と強い絆を持ち、それが強い呪と結びつくことで呪霊としても強大な力を得るのだ。だが、それを強烈な飢えによって綻ばせれば、飼い犬に手を咬ませることはできる」

「つまり、犬神に主である安乾家の後継者を殺させるってことだな」

「違う。食わせるのだ、主である者を。犬神を縛る呪そのものを、犬神が食らう。全ての呪を取り込むのだ。そうすれば呪はさらに強大になる。さらに忠義に厚い犬が、自ら認めた主を食らうことが呪となってしまう。犬神使いとして最強とも言われる安乾家の犬神が、だ。そうなってしまえば使役する者がいない、荒ぶる大呪霊となってもおかしくない」

 地面に打ち込む杭のように重い言葉に、瀬綱はつばを飲み込む。

「……早く見つけるぞ。大呪霊を相手にはしたくない」

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