校長先生
安良巻祐介
凡そ百年ほど前の尋常小学校校長の霊が出るということで、通報を受けた交番巡査たちが駆けつけてみると、はたして全身モノクロームの、モーニングを着た初老の男が、やけに薄っぺらい質感で、通りの電柱の下に寄りかかって、蠅や蚊の飛ぶ中で、饂飩を食べていた。
饂飩も百年前のものらしく、灰色の欠け椀の、真っ黒い汁の中に真っ白い麺が入っていて、それを校長氏は箸で取り上げては、啜っている。饂飩は一向に減らない。ついでに音も声もない。壊れた無声映画のようになって、同じ瞬間を延々と繰り返しているだけのものらしい。
地域の図書館に連絡して、土地記録や地図、当時の小学校のアルバムなどを取り寄せ、色々と調べてみたところ、戦争で焼けた昔の小学校跡に立っていた塚を、最近の工事で誤って壊してしまったのが端緒ではないかということになったが、何か恨みや祟りを成すでもなく、ただ、昔の通りの装いをした校長先生の姿が、かつて校長室のあったらしき場所で、式典か何かのある午後の昼餉を食べている、それだけの事であるから、大した騒ぎにもならなかった。
結局、区役所に常駐のお祓いを呼んで、悪鬼退散のまじないをやってもらったのであるが、御祈祷と御幣の工程が終わるや否や、白黒の校長先生は饂飩の丼を掲げた格好のまま細かに痙攣し始め、やがて、塩をかけたなめくじのように萎れて溶け崩れて、あっという間に汚い水たまりになってしまった。
立ち合いの若い巡査一名がそれを見て嘔吐したが、他に目立った被害もなく、日を跨がずに解散となった。
ただ一つ、後日、図書館から連絡が入ったことによれば、貸し出されていた小学校のアルバムの、校長先生の写っていた写真のすべてから、校長先生の姿が無くなって、代わりに人型の、何だかよくわからない腐れ染みのようなものだけになっていたということだ。
校長先生 安良巻祐介 @aramaki88
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