続・本当にあった『天河怪談』

如月しのぶ

続・本当にあった『天河怪談』

「もう一回、集まれないかな?」

 しげちゃんから電話がかかって来たのは、恐怖の天河キャンプからすぐの事です。


「あゆむがな、みんながあの時の霊をつれて帰ってるから、祓いたいって言うてんねん」


 あれ、あゆむってそんな事できたっけ?


と、思いながら、レーサーが行けないと言うので、私はバイクで駆けつけました。

 着いてみると、まだほとんどの人が来ていません。

 ポツリポツリと集まりだすと、

「あれ? ○○まだ来てないの? おかしいなぁ」

 そんな言葉があちらこちらで、聞かれます。


 携帯がつながらなくて、こちらからは連絡が取れない。

 向こうからも連絡がない。

 それでも何とか、遅れてやって来ます。


「何回もかけてたんやけど、全然出てくれないし」

「いや、一回もコール鳴ってないで」

 それは、双方どちらからでも言えることでした。

「うわ、霊が得意の電波妨害やっ!」

そんな話をしていると、


一番遅れた”ゆう”がやって来ました。

「もう、いっつも使ってる電車やのに、ありえへん乗り間違いした。途中で、あれっ! どんどん離れて行ってないか? って気ぃついて、引き返して来てん。遅なってなってごめん」

「しゃあないわ」

 遅れてきた、ゆうを責める人は、一人も居ません。


 祓われまいと、霊が抵抗している現象だと、誰もが実感しているからです。


 さて、今日の参加者全員がそろった所で、しげちゃんの広い部屋へと通されました。そこで車座になって座ります。


 あゆむが一人ずつの前に立ち、じっと見て確かめていきます。


「ゆう、親玉お持ち帰りしてたん、あんたや」

「えっ、うちなん」

「ゆう~。思い当たること…、あーるーやーろぉ~」

「ううん、大火傷しそうになった」

「なんでそれで、自分は関係ないって顔してんねん。で、何があった」

「学校で、毎朝、みんなの飲む分まとめて、麦茶を沸かしてるんよ。15リットルくらいの業務用のでかいヤカンで。

で、その時に限って、沸騰したヤカンの取っ手を、逆手に持ってん。

そしたらヤカンが手に触って、熱っ! ってなって一瞬落としかけたのに、みょーに冷静になってそのヤカンを流しに置いてん。

アレ、逆手に持ってたから手ぇ放してたら、胸から下、熱湯浴びてえらい事になってた。

なんせ15リットルやし。

でなー、一緒にいた友達に言われてんけど、それまで普通に話してたのに

、ヤカンを持つ瞬間急に、うち、ぼーとしてたんやって。

後で友達に、!なんであんな持ち方したん、危ないやんか! って、めっちゃ怒られた」

「ゆうー…。まずあんたは、真ん中行って!」


 霊が付いている者は中央へ、連れ帰っていなかった者は外へ移動します。


 ナナハンでプチツーリングを楽しみながら、ご機嫌で一番乗りした私は、当然外へと移動しました。もう、蚊帳の外です。


 小さくなった車座の中央にはあゆむが座り、何かを念じています…。

「えぇい、うっとおしい、逃げ回るな!」

 どうやら霊は逃げ回っている様です。

 あっ、捕まえた。と思った瞬間あゆむが、ぐっと力を入れたようなデスチャーをしました。

「はぁーっ。そっかぁ。こーゆう事かぁー」

 あゆむが、何か一人で納得しています。

 そして、一息置いて、

「終わったよー」

と、あっさり終了を宣言したのです。


 えっ、もう。霊ってすごい数じゃなかったの?

という感じで全員がきょとんとしていると、

「例の焼けた中年男な、あいつ捕まえて、無理やり送り込んだら、他のやつ自分から付いて行きおった。待ってくれぇ~って感じやったで」

 そう言うと、その絵ずらがおもしろかったのか、一人でケラケラ笑っています。


「送り込むって何」という質問に、

ニッっと笑いながら、


「地獄送り」


とだけ答えました。


 この手の人たちは、大抵、秘密としか言わないので、絵が浮かびそうな一言だけでも大収穫です。そして、地獄送りにされたあの霊達は、もう二度と戻って来れないと言うのです。


 でも、

「こんな事が出来るんやったら、あの時してくれたら良かったのに」

誰もが思うクレームが入ります。

「ちゃうねん、あの時は出来へんかってんてっ。

天河から帰ってすぐ、『ちょっとおいで』って師匠に呼ばれたんよ。

まだ何も言うてへんし、分からんと行って見たらな、

石段の上で、腕組んで仁王立ちしててさ、

『…なんで、あのままにしてきたぁー!!』って、

めっちゃ怒られて、

あたし、昨日まで修行させられててんから…」

 とほほな顔であゆむは事情を説明します。


 師匠。

「ほんとにあった怖い話」の退魔師あゆむシリーズでは、あゆむは高野山に預けられていた時期が有ると書いてあります。

 でもそれだけです。

 仁王立ちが似合う僧兵みたいなごつい僧侶。

 仙人みたいな老師。

 八百比丘尼みたいな尼さん。

 尼僧でそれは無いやろうって言うほどのセクシー美人、でも眼光の鋭さにはゾッとさせられる霊能者。

 私達は、好き勝手な想像を、する事しか出来ません。


 あゆむの、数日間の過酷な修行の上に、私達はちょこんと乗っかって、天河怪談の後始末を、あっけなく終えたのでした。



 近くにおいしいラーメン屋さんがあると言う事で、私達は、晩御飯を食べに行く事にしました。


 外はもう、暗くなっています。


 家を出てすぐに、ぽつぽつと雨が降り出し、お店に入った後には、雷雨へと変わりました。

 

 夜の雷雨。


 あの、天河でのキャンプの、雨の降り出しとそっくりな、雷雨です。


 お店を出る頃には、止んでいましたが、

「なんか女の子が、気分悪いって、うずくまってるらしいで」

そんな報告が飛び込んできました。


 駆けつけてみると、確かに女の子がうずくまって震えています。

「相当しんどいらしい、車に乗せて、とりあえず帰ろ」

 この女の子も、あゆむと、ゆうの、女子高生からの友人で、二人が指示を出しています。

 女の子を乗せた車は、一足先にしげちゃんの家へと帰っていきました。


 徒歩組の私が、少し遅れてしげちゃんの家に着いてみると、さっきうずくまっていた女の子が、バトミントンをして遊んでいます。

「あっ、しのぶちゃん帰って来た。中で呼んでるから行って」

 しげちゃん家の、もとは店舗だった様な広い土間に入りました。


 これまでの経緯を説明されました。


「あの子、天河の時もなぁ、めっちゃ怯えててん」

 そしてその続きの今日、除霊したと言われても、自分では確信が持てない。 

 実感できないまま、また、あの時と同じ天気、夜の雷雨が始まり、

フラッシュバックで、パニック状態になり、

天河とは関係ない霊に、憑依されていたと言うのです。


 あゆむは、外で元気にバトミントンをしている娘と入れ替わりに、ぐったりしています。

「でな、この子じゃ持たへんわって言って、あゆむが霊を引き受けたの」

「みんながな、さっきみたいに祓われへんのって聞いたんやん。

そしたら『あれはな、悪意を持って人に災いをもたらすヤツに使う技なんや、たまたま恐怖心でシンクロしてしまった霊には、使こたらあかん』って」

「で、きっかけ探すために、意識にダイブするからしのぶちゃん呼んで来てって」

「なんで私…」

 ここには、さっきの除霊で、車座の外へと移動させられていたメンバーの、何人かも居ます。


「あゆむから逃げ出して、憑依、逃げ込む先になったら困るからって、可能性のある人は、みんな外に出してん」

 さっき、蚊帳の外だったのが、裏目に出ました。


「この娘、誰かを探してる」

 すくっとあゆむが起き上がって報告します。

「あれ、平気なん」

「こんなん全然大丈夫や。ちょっと意識に潜っててん。

で、この娘、めっちゃ誰かを探してる。半狂乱なくらい。

あと、今日みたいな、雷雨の夜に死んでる。もう、何百年も前ちゃうかな。

今見る着物より、もっと昔なカッコしてるし。

憑依と言っても、

たまたま、夜の雷雨とかの条件と、

二人の恐怖心とかの波長が合って、シンクロしただけやな。

霊も何が起こったか、わかれへんって感じや。

とりあえず、悪意はない」

「じゃあ、さっきの技使わんかったらどーすんの」

「そーやねん、探してる相手とか、もうちょっと知りたいから、今より深いとこ潜ってくる。

そしたら、私の意識なくなると思うから、

急に走り出したりしないように、身体抑えといてほしいんや。

でな、抑えてる人は霊の逃げ込み先、憑依されるリスクが高いから、

あんたと、あんたと、あんた、お願いするわ」

 私が、名指しで呼ばれていたのは、このためでした。

「憑依されたらどうすんの」

「だから逃げ込ませへんための、布陣やん!」

 あゆむの表現を借りると、魂がカタい人を選んだとか…。


 スタンバイを確認すると、あゆむは霊の意識へとダイブしていきました。


 しばらくすると、予告どうり、あゆむが暴れ始めました。

「すごいチカラ」

「うん、女の子の出せる力じゃない」

 必死に抑えながら、口々に状況分析が始まります。

 それほどの力やないやろと思っていた私は、

「あんなぁ、自分の気を膨らませて、漬物石乗せるようなイメージで、気を乗せんねん。そしたらそんなに力いらんで」

「そんなんでけへん」

一瞬で却下されました。


 そうしているうちに、あゆむ、霊がしゃべり始めました。


「はなせ! 放さぬかっ! 妾はあのお方の所へ行かねばならぬのじゃー」


 それが一番印象的な言葉です。

 聞き取れない言葉もたくさんありました。

 もう、覚えていない言葉も。

 でもそれで、探している相手というのが『あのお方』という事が、誰にでも分かりました。


 暴れていたのがゆっくりと静かになって、あゆむがダイブから戻ってきました。

「よっしゃ、だいぶわかったわ」

「なんか、妾はあのお方の所へ行かねばならぬのじゃあー、とか言ってたで」

「はははっ。あのお方は、恋人みたいな感じかな。

よっぽど、離れ離れにされるのが、耐えられへんかったみたいや。

これで、あのお方の気配わかったから、呼び出して連れてってもらう。

ちょっと、またダイブするから…。


んー。


いや、おる。この気配、そばにおるわ。


そーかぁ、ずーっと傍に付いて、居たんや」


「えっ、どーゆう事。一人で納得してないで教えて」

「ごめん。

あんなぁ、あのお方は、いつからか知らんけど、妾の傍にずっと居ってん。

でもな、妾は死んだ夜のまま時間が止まってんねん。

あのお方が隣に立ってても、いる次元が違うから、見えてないんや」

「じゃあ、どうすんの」

「探して連れて来るのは、結構大変やなと思てたんや。

見つけられるか、どうかと思てたけど、

むしろ好都合や。

そーいう事で、もう一回行ってくる。

行って妾に見せてくる」


 再び押さえる準備をしましたが、その必要はなく、あゆむはすぐに帰って来ました。


「行ったわ」

「成仏したん」

「まぁ、そんなトコ」


 さっそく、検証が始まりました。

 結局彼女は何者だったのか。

「妾って、平安貴族のお姫様?」

「自分の事を妾って言うのは、武家の子女。時代は、鎌倉時代から江戸の終わりまでって感じ」

「あのお方は?」

「結婚相手。元やけどな。

ダイブしたからって、本人の記憶以上の事は分からへんけど、

昔やから自分で相手は決められへんやん。

親に言われたらその相手やし、何よりお家のためやろ。

いいなずけみたいな感じで、

時間をかけて接してたから、気持ちもかたまって、

相手が好きな気持ちも大きなって行ってんな」

「だったらなんで」

「家にとって、もっと条件がいい、別の縁談が舞い込んでん。

親がそれを喜んでたかどうかは、分からへんけど、

どっちにしても、相手が格上やったら、逆らえへん。

あのお方がもうすぐ地方へ行くのになぁ」

「えっ、なに、飛ばされたん」

「ちゃうやろ、妾も一緒に行くはずやったし、

何年か支社長やったら、本社にポスト用意されてるって、あるやん。

領地与えられたんやったら、出世やし。

で、結婚して二人で任地へ行くはずが、

急に破談になって、あのお方は一人で行ってん。

まっ、一人って言っても、御付きは居るけどな」

「それでどーなったん」

「追っかけようとした。

流れ者でも、女が一人旅する時代とちゃうやろ。

わりとすぐ、あっさり行き倒れた。

それが、雷雨の夜。

恐怖心でいっぱいやったわ」

「長い間、その中に閉じ込められてたんや」

「うん…。

で、説得みたいなことして、

力貸して、あのお方が見えるとこまで連れて行ってん」

「よっしゃ! あゆむ、ええことしたっ」

「ははっ、泣きはらした顔で、いっぱいに笑ろて、

ペコって頭下げて、小走りで行った。

あとはあのお方の後ろ付いて行ったわ」


 本当は、『妾』の話は、一度に聞けたわけじゃなくて、少しずつ聞き出した物を、まとめたのですが、そこはお許しを。


 当日来れなかった人達は、ぴよぴよや、まみ姉のライブなどを利用して、あゆむと会い、後始末をしてもらったそうです。


 そしてこれが、霊感少女あゆむが、退魔師あゆむになった瞬間だったのかもしれません。




「天河と言うのは、神様に呼ばれてないと行けないんだ。でも、呼ばれている人は自然と行くことになるんだ」

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続・本当にあった『天河怪談』 如月しのぶ @shinobukisaragi

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