第27話 またお前か

「今日からここで暮らすのか……」


 王宮内にある国王専用の私室に足を踏み入れた俺は、思わず圧倒されていた。

 豪華絢爛を絵にかいたような空間がそこには広がっている。

 置かれている調度品の数々はどれも贅を尽くした一級品で、冒険者時代の俺ではどれ一つとっても一生かかっても手が届かなかっただろう。


 以前から王族に仕えているという侍女に俺は部屋を案内してもらう。

 すべて確認するだけでも一苦労だ。


「こちらへ」


 続いて王妃たちの部屋を紹介される。

 過去には最大で妃が十人までいたことがあるらしく、アリアたちには一人一部屋ずつ宛がわれていた。さすが国王……ハーレムは標準装備か。


 さらに俺が連れて行かれたのは、王宮の奥まったところにある場所だった。

 独立した建物になっているようだが、少し古い。


「ここは?」

「近年はあまり使われておりませんでしたが、この度、ルーカス王の即位に当たって新たに整えさせていただきました」

「……?」

「中に入ればお分かりになられるかと」


 どういうことだと首を傾げつつ、俺はその建物の中へと入っていく。

 するとそこには――



 百人近い美少女たちが首を垂れて跪いていた。



「……は?」


 戸惑う俺に、侍女は教えてくれる。


「こちらに集めましたのは、陛下の新たな眷姫候補たちでございます。王国全土に募集をかけたところ、二万人を超す応募が殺到し、彼女たちはその中から選抜した選りすぐりとなります。もちろんどの娘も穢れなき処女であることは確認済みですので、ご安心を」


 よく見るとその中にはエルフのリリとリノ――さすがにロンたちはいない――や、セレスの配下だった聖騎士のソフィ、スエラ、サリー、シアナ、それに獣人のキナ、ネーニャ、チワ、エンエたちまでいる。

 あと、アイリスも……アマゾネスっぽいのもいるな……。


「いやいやいや、そんなの頼んでないんだが!?」

「ウェヌス様のご指示でございます」

「またお前か!」

『褒めてくれてもええんじゃぞ? そもそも今やお主は王様じゃ。もっともっとハーレムを拡大すべ――いだだだだ!?』


 ほんとこいつ毎度毎度ロクなことしないぜ……。







 フィオラ以外との婚姻のことは、国王になった後に少しずつ公表されていった。


 王女であったフィオラが正式には第一妃となり、以降、アリアから順に第二妃、第三妃……とした。

 まぁさすがに仕方のないことだ。


 なお、俺は騎士学院を一年で退学した。

 普通に王様になっても通う気でいたのだが、周りから「無理に決まっている」と止められてしまったのである。


 確かに学校に国王がいたら教師も生徒も戸惑うだろう。

 俺は泣く泣く了承したのだった。


 政治の方は思っていた以上に順調にいっている。

 貴族たちからの反発を覚悟していたのだが、そんな様子もない。

 ……きっとフィオラが力を使っているからだろう。

 お陰で汚職に手を染め、不当に富を蓄えていた貴族たちを粛正することができたが、


「権力争い的なものから解放されるのはありがたい。だが、本当に必要な意見まで握り潰したりしないようにしてくれ。俺は独裁者になるつもりはない」

「もちろんですわ」


 今のところ国内は非常に安定している。


 問題は外憂だ。

 最近、隣国のアルビリア帝国がきな臭い動きをしているのである。

 就任したばかりの新皇帝がこの国を狙っているという噂もあった。


「王子時代は騎士学院に通っていて、あたくし求婚されたことがありますわ。もちろんお断りしましたけれど」


 もしかしてそのことが原因じゃないだろうな……?

 そんなことで戦争を起こし、大勢の人間を死なせるなんて馬鹿げているぞ。


 と、そのとき念話でリューナの声が響いてきた。


『ルーカス殿っ! アリア殿が……っ!』

『アリアに何かあったのか!? いや、すぐ行くっ!』


 俺はアリアの部屋へと急いだ。

 ドアを開けるのももどかしく、体当たり気味に中へと駆け込む。


「アリア!」




「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!」




「……あ、アリア……?」


 恐る恐るベッドに近づいていくと、そこにはぐったりした様子のアリアが俺に気づいてゆっくりと顔を上げた。


「ルーカス……」

「だ、大丈夫か?」

「ええ、平気よ。それより……」


 アリアの視線を追っていくと、そこには産婆に優しく抱えられ、産湯で身体を洗われる小さな命がいた。


「ルーカス陛下、元気な男の子ですよ。さあ、抱いてあげてください」


 布に優しく包んで、手渡そうとしてくる。

 俺は震える手でそれを受け取った。


 軽い。


 こんなにも軽いのか。

 今にも儚く消えてしまいそうなほどだ。


「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!」


 なのに、その泣き声は生命エネルギーに満ち溢れたように激しかった。


「これが俺の子供……」


 三十九歳にして初めてできた子供だ。

 一生無理だろうと思っていたのに……まさか本当に我が子を抱く日がくるなんて。


 感動のあまり気づけば頬を涙が伝っていた。


「アリア……ありがとう……俺の子を産んでくれて」

「わたしも……あなたの子を産めて幸せよ」


 アリアは優しく微笑んだ。


「おめでとう、ルーカスくん、アリアさん」


 そこへクルシェがやってくる。

 足取りがゆっくりしている理由は、彼女のお腹の膨らみを見れば明白だ。


 彼女も今、俺の子を宿しているのである。

 あと二か月と予想されているが、アリアのときより大きく、双子ではないかと言われている。

 アマゾネスなので生まれてくるのはきっと女の子だろう。


 しかしそんな幸せなときに限って、悪い知らせが飛び込んできたのだった。


「へ、陛下、大変ですっ! アルビリアがっ……アルビリアの大軍が我が国との国境を越えて、侵入してきたとの報告が……っ!」


 怖れていたことが起こってしまった。


 だが同時に覚悟もしていたことだ。


「分かった。すぐに我々も軍を出す。軍を率いるのは……俺だ」

「陛下自ら!? で、ですが、今はお子様が生まれたばかり……」

「こうして出産には立ち会えたんだ。むしろタイミングがいい」


 この国のためにも、絶対に帝国の侵略を許すわけにはいかない。

 敗北は許されないのだ。

 そして犠牲を最小限に抑える最も有効な方法は、初戦で敵の戦意を完全に挫くほどの勝利を収めること。


 だからこそ、神剣の使い手である俺が出る必要があった。

 何より城で大人しく戦況報告を待っているような王様ではなく、民のために率先して戦える王様でありたい。

 ……正直、政治面ではあまり活躍できないし。


「心配するな、クルシェ。出産までには必ず勝って戻ってくる」

「うん、信じてる」


 まだクルシェの出産まで二か月あることも、タイミングがいいと言ってよいだろう。


「ルーカス殿、力を貸す」

「わたくしもです」

「あ、アタシもやるぜ……っ!」


 二人の眷姫たちの分までとばかりに、リューナ、セレス、ララが力強く言う。


「ああ、頼りにしているぜ」


 こうして俺たちは戦場へと向かうのだった。




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ひとまずここで完結となります。

最後までお読みいただきありがとうございました。


そして現在、マンガUP!さんにてコミカライズが連載中です。

単行本が4巻まで発売されていて、春ごろには5巻が出る予定です。

もしこちらが順調で、続きの原作が必要になるようであれば、Web版の更新を再開できるかと…。

なので漫画版をぜひよろしくお願いします!!!m(_ _)m

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万年Dランクの中年冒険者、酔った勢いで伝説の剣を引っこ抜く 九頭七尾(くずしちお) @kuzushichio

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