第26話 考え過ぎじゃ
結婚式の会場となる神殿前の参道に、黒山の人だかりが延々と続いていた。
会場に入ることはできなくても、英雄と王女の結婚を祝いたいと、王都中、いや、王都の外からも、大勢の人たちが詰めかけたからだ。
そんな中を、俺とフィオラを乗せた馬車が進んでいけば、当然のごとく凄まじい大歓声が巻き起こる。
さすがフィオラは慣れているので、自然な笑顔で優雅に手を振っているが、俺はきっとぎこちない笑みを浮かべていることだろう。
「「「ルーカス! ルーカス! ルーカス!」」」
「フィオラ殿下~~っ!」
声援の割合はどういうわけか、俺が九割、フィオラが一割といった具合だ。
なぜだ?
「ここにいる者たちは大半が平民だからです」
俺の疑問に答えてくれたのはフィオラの護衛として同乗しているマリーシャだった。
「平民から英雄となり、そして王女様と結婚する……まさに彼らが思い描く夢そのものを実現されたのがルーカス様なのです」
だからこそ平民たちの間で人気が沸騰しているのだという。
もちろん背後にはフィオラや神殿による様々な宣伝工作があったわけだが……。
と、そのとき観衆の中から飛び出してくる男がいた。
「ルーカスっ、貴様ぁぁぁっ!」
その手には剣が握られており、辺りは騒然となる。
「殿下はぼくのモノだぁぁぁっ!」
どうやら熱狂的なフィオラの信奉者らしい。
男は警備の兵士たちを振り切って、俺たちが乗る馬車へと突っ込んでくる。
マリーシャが腰の剣に手をかけたが、それをフィオラが制した。
俺は彼女の意図を悟り、嘆息しつつも馬車から飛び降りる。
男が斬りかかってきた。
「死ねぇぇぇっ!」
キンッ!
気迫だけは凄まじかったが、剣の腕は素人だったようだ。
根元から斬られた刀身がくるくる回って飛んでいく。
「え?」
剣を振り下ろしたのに、そこに刀身がなかったので男は目を丸くする。
そしてそれが俺の仕業と悟るや、戦意を失ってがくがくと震え始めた。
「今の見たか!?」
「ルーカス卿が相手の剣を斬ったぞ!?」
「なんて業だ! さすが英雄様!」
一方、それを見ていた人々が興奮して叫び出す。
男のことは警備兵たちに任せ、俺は馬車へと飛び乗った。
「お見事ですわ、ルーカス様。これでまた評判があがりますわね」
したり顔を向けてくるフィオラ。
一体どれだけ俺に分不相応な名声を与えたいんだよ……。
レアス神殿のトップである聖女エリエス自らが執り行った結婚式は、参列した各国の王侯貴族や著名人たちから手放しで称賛される素晴らしい出来栄えとなった。
もちろんフィオラの父であるフェルナーゼ三世も参加しており。
「ぐぬぬ……なぜ貴様などがフィオラと……おお、ルーカスよ! この国と我が娘をよろしく頼むぞ!」
「ふふふ、心配要りませんわ、お父様。あたくしたちは世界で最も幸せな家庭を気づきますわ」
一瞬だけ我に返ったフェルナーゼだが、フィオラが二コリと微笑むと、すぐに態度が一変して俺たちの門出を祝福してくれたのだった。
「……は、はい」
俺は神妙に頷いた。
気の毒だが、もはや今さらどうしようもない。
このまま娘に操られていた方がむしろ彼にとっては幸せだろう……きっと……。
その後の披露宴も大盛況で、俺たちは引っ切り無しに訪れる貴族たちの対応に追われ、用意された豪華な食事に手を付けることもままならないほどだった。
さらにその翌日には戴冠式典が行われ、俺は現国王であるフェルナーゼ三世から王冠を受け継いだ。
ずっしりと重い王冠を頭に被り、絶対似合ってないだろうなと内心苦笑する。
「それではこれよりルーカス新王には就任演説を行っていただきます」
「は?」
そ、そんなん聞いてないぞ……?
王城前広場に集う国民たちの前で、俺は就任演説を行うことになった。
当然ながらこんな大勢の前で何かを話すことなど初めてのことだったので、めちゃくちゃ緊張した。
多くの視線に晒されているというだけで、頭が完全に真っ白だ。
幸いセレスがあらかじめ演説の内容を考えてくれており、それを念話で随時伝えてくれたので助かった。
それで段々と慣れてきたからか、あるいは人々の熱気に充てられたのか、少しずつ自分の想いも交ざり始め、やがて自然と力強い言葉が口から出ていく。
「知っての通り、俺……いや、私はただの平民だった。それもその日暮らしのしがない冒険者だった。それが今、こうして国を率いる立場になったことを何よりも私自身が驚いている。だが貧しさや差別の苦しみを知る私だからこそ、きっと国民に寄り添った政治ができるはずだと考えている! 私が目指すのは強く、豊かで、そして誰もが幸福に生きられる国だ!」
「ルーカス王、万歳!」
「ルーカス王、万歳!」
「ルーカス王、万歳!」
俺の言葉に心を打たれたかのように、万雷の拍手と歓声が巻き起こる。
もちろん綺麗ごとだけで上手くいくほど政治は簡単ではないだろう。
それでも少しでも理想に近づくことができるように、俺はこの力を使っていこう。
もしかしたら愛と勝利の女神ヴィーネは、そのために|こいつ(ウェヌス)を俺に抜かせたのかもしれない――
『いや考え過ぎじゃ。ただ単にハーレムを作ってほしかっただけじゃろう』
――熱くなっていた俺が馬鹿だった……。
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こちらの作品もぜひよろしくお願いします。
『邪神無双 ~邪神が黒い笑顔で人助けを始めたようです~』
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