繭。それは幼体と成体の境界に揺蕩う存在だ。意思をもたず、動くこともできない。それはつまり生と死の境界にあるということで、その悲劇性は考えるまでもない。"手も足も出ないまま"嬲り殺しに遭うという宿命がある。そう、人は繭を糸だと思っている。繭は養蚕の最終工程であり、蚕の棺桶であると勘違いしている。
しかし実際は違う、そう本作は主張する。繭とは羽ばたく為の準備段階だ。地を這うしかない幼虫が空を駆けるための、ちょっとした試練。繭が破れたあとには無限の未来と希望が飛び出してくる。繭とは生のメタファーである。
人類が<クラウド>と呼称される異形生命体にその生存圏を奪われ続ける終末世界。<クラウド>に対抗する自律機動兵器<戦術機動機甲> に乗る二人の女性兵士。物語はあくまで軽く、滑らかに、丁寧に始まる。表現描写が精緻なのはもちろん、セリフには特筆すべきものがあり、人間の感情の機敏を鮮やかに浮かび上がらせる。
彼女らが乗る機体の名は<コクーン>。皮肉な名前だ。本来繭は自力では動けないはず。しかし<コクーン>は鮮やかに動く。見事なテンポと丁寧さで戦闘は描写される。しかしそのネーミングは間違っていない。紡がれた想いの糸。死と停滞、恐怖に囚われた彼女らの感情。<コクーン>はまさしく戦場に生きる人間の棺桶になり得る繭であった。
本作は約5万字、その文量に途方もない熱量がこもっている。閉鎖されたコックピットという空間の質感。そのなかから広がる絶望の世界観。遠い悔恨の過去。全ては狭い二人の関係性で展開され、広い世界へと眩く拡散して行く。
丁寧に、詩的に、しかし見事な展開はプロの所業だ。
果たして繭は羽化し得るのか。その結末を見届けるのに、さほどの逡巡も必要ないであろう。
人に憑りつき害を成す極小の微生物・クラウドと、その厄災から逃れるべく懸命に抵抗を続ける人類との、先の見えぬ戦いが行われている世界。
戦術機動機甲「コクーン」のオペレーターである主人公・カルハと、そのパイロットである相棒のセンが、共に任務を遂行する中で、ある疑惑に巻き込まれ、さらに危険な任務へと赴く事になる――というお話です。
正体不明の敵と戦う中で消耗した人類が、既に先の見えぬ状況に陥っている事を自覚しているカルハは、己の存在や行動に意味を見出せず苦しんでいるのですが、実際のところ、その悩みは人間として普遍的なモノではないかと感じられ、この極限の世界にあっても、カルハへの感情移入は容易であり、故に作品の世界観に没入しやすい構造となっております。
そしてカルハのパートナーであるセンの発言や行動原理は、この物語の謎とリンクしており、なぜセンがここまで頑なに難度の高い行動を取ろうとするのか、目的は何なのか、その想いと行動原理を探るという、カルハの視点を通して追うセンの姿は、謎めきつつも魅力的で、お話の推進力として機能しています。
スケールの大きな、奥行きのある世界観でありながら登場人物の数は少なく、それだけにカルハとセンの思考や言動にくっきりと焦点が当てられており、読み易い仕上がりです。
SFギミック的な描写も非常に興味深く、特異な機構を持つ兵器「コクーン」の戦闘シーンは手に汗握るモノを感じます。(個人的にはマシーネンクリーガー的な形状を想像しておりました)
何もかもが不透明な中、カルハとセンがどの様な回答を得るのか、この行き詰った世界でどんな風に生きようとするのか、非常に品の良い、一読の価値ある作品だと感じた次第です。