第3話

 夜になった。ぬるい風が草を揺らしている。少年は、昨日と同じ場所にいた。


「また会ったね」

「どうも・・・こんばんは」

「今日も柏手を打ってるんだね」

「・・・よく分かりましたね」

「私も君と同じ目的を持っているから」


 ちょいちょい、と手招きすると、彼は意外なほど素直に私の横に腰を下ろした。


「一年前、ここで死んだ私の弟の友達だったんだね?」

「お姉さんがいたんだ、知らなかったや」

「私も、君のことは知らなかった。お葬式にも来てないよね?よければ、話を聞かせてくれないかな、君のことも」

「アイツとは別に話したことは無いんです、ただ通っている塾が同じってだけで、友達ではなかった」

「親しくないなら、なんでここに」

「僕のせいで死んだから」


 二人の周りは完全な闇だった。夜が空から降ってきているのかと、思ってしまうほどだった。


「僕、結構ニュースとか見るの好きなんですよ、天気予報も大抵は頭の中に入っていて、午後から大雨が降ってくるのを知ってたんです。あの日アイツは塾にゴーグルを持ってきていました。一目で川に入るんだな、と分かった、でも、僕は何も言わなかった。あのとき、僕が言っていれば、川に入らなかったかもしれないのに」


 私の弟は、一年前、川で溺れて死んだ。その時一緒に遊んでいた数人の友達が言うところでは、急に川の流れが急になって、急いで上がったとき一人だけ姿が消えていたそうだ。死体は、十キロほど下った所で見つかったらしい。その日は川の上流で大雨が降っていたらしいと、後から知った。


「だから、できるだけここに来て、祈っているんです、手を打って、頭を下げて」

「私は水面を覗き込んでいるのかと思っていたよ・・・」


 月光が、彼の顔にさして地面に深い影ができた。私は、その影の上に足を乗せ、立ち上がった。


「ところで、私が何しに来たか知らないでしょ。約束通り、場所譲ってくれる?」

「いいですけど・・・」

「君は弟と話したことがなかったから知らないだろうけど、凄く音楽が好きな子だったんだよ、いつもイヤホン耳につけてたから、耳悪くするよってよく注意したんだけど、全然言うこと聞いてくれなかった」

「ああ・・・確かに、一人のときはそうだったかも」


 私は、少年が柏手を打っていた場所に立った。弟の死体が上がった、その場所に。


「だからさ、そうやって古めかしいやり方もいいけど、こっちのほうが喜ぶと思う」


 携帯のスピーカーから、虫と魚しかいない場所には不釣り合いに思えるほど激しいナンバーがとどろいた。


「パン、パンってやる横でやるのは、なんか違うでしょ」

「こんなの、聞いたことない」


 そう言うと、彼はじっと黙り込んだ。音楽に聞きほれて、他のものは何も感じないと言った様子だった。


 一日遅れになったけど、細かいことにはこだわらない性格だったから、多分笑って許してくれるはずだと思う。届いてるといい、と私は思う。


 私たちは、何かを伝えるために、音を使う。

 パン、と乾いた音の柏手も、耳を引き裂くようなナンバーも、届ける『相手』がいないと意味がない。

 たとえ実在しない、神様みたいな存在が『相手』でも、私たちはいつでも『相手』を頭の中に思い浮かべるのだ。


 私と彼は、それから朝になるまで、音を鳴らし続けた。


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『音』について 小沢藤 @haru-winter

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