第2話

 翌朝。私は忸怩たる思いを抱えていた。


「それで、結局帰っちゃったんだ」

「あのときの私はちょっと感傷に酔ってたのよ、まともに取り合うんじゃなかった」

「日をまたぐって、相当悩んだんだね」


 私は親友の胸に顔をうずめた。幼い頃からずっと友達の彼女は、困ったときいつも話し相手になってくれる。休み時間の教室はガヤガヤとしていた。


「だってさあ、意味不明だもん、あの子そもそもふざけてるに決まってるよ。真剣になっちゃいけないんだよ」

「少年のその動作、さっき聞かせてもらったけど私にも意味が分からないわね。どう考えたの?」

「まず、最初の手を叩く動作の意味を考えたんだ。普段、どういうときに手を叩く?」


 彼女は少し顎に手を当てて、考えた。


「教室がうるさいときなんか、いつも先生そうしてるね。他には、蚊が飛んでるときとか」

「そう、音を立てることが目的か、何かを挟んで殺すのが目的か、どちらかだと思ったのよ」

「でも、あの子は一歩も動かずに同じ場所で叩き続けていた。その考えに則ると、前者だとうことになるね。まさか飛んでくる虫を待ち構えていたわけじゃないでしょ?」

「昨日に限らずだけど、夜の河川敷って人気が無くてとても静かなの。手を叩いたらとても音が響くし、音を立てるためと考えていいと思った。で、ここで『相手』の存在が浮かび上がってくる」

「相手?」

「ほら、先生が皆の気を引くときに手を叩くのも、私たちに注意を促すためでしょ?」

「ボールを投げるなら、必ずその相手がいないといけないものね・・・でも、河川敷って夜になったら誰も通らないじゃない、『相手』って誰なのよ」

「そう、誰に向けて音を鳴らしてるのか・・・そこが分からない」


 そうだ、と顔を輝かせて彼女は叫んだ。


「つり!」


 なんだなんだ、と教室の目線が集待っているのを感じて、私は顔を伏せた。


「ちょっと声大きいって・・・」

「きっと魚をおびき寄せてたのよ、街灯に虫がぶつかるみたいに、音に反応する魚もいるんじゃないかしら。だとすると、決まった間隔で音を鳴らしていたのも頷けるわ、それで魚が十分集まったら網かなんかで一気に捕まえるつもりだったんじゃないかしら」


 私は頭を振った。


「それは昨日私も思いついたんだけど・・・間違いだって言われたわ。音に反応するなら逆に住処に引っ込むんじゃないですかね、って。そもそも、網なんて持ってなかった。何も持ってなかったのよ」


 うーん、と彼女はため息をついた。


「わからないわね・・・その子は何をしに来ていたのか、あなたがそこにいるのはまあ分かるんだけど」


 そうだ、私は必ずあの場所を訪れなければならなかった。ではあの子は?あの場所である必要性があったのか?


 その時、私は電撃に撃たれた思いがした。


 見たことの無い人間だったから、私はあの子を無関係な人間だと思い込んでいたのではないか。私以外の誰かが、あの場所にいてはいけないと決めつけていたのではないか。


「私、あの子と話さなきゃいけない気がするから、今夜も行くね」

「ねえ、そんなに気にすることないよ、忘れてしまった方がいいこともあるって」


 彼女の言葉に、私は答えた。

「大丈夫」



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