『音』について

小沢藤

第1話

 昔、夕食を食べながら見ていた映画のワンシーンが印象に残っている。確か刑事モノで、どういう経緯で事が進んでいたのかもあやふやだが、意味ねえんだよ、と鼻が高い男が吐き捨てたシーンを、なぜか今でも覚えている。

 単純に、当時その俳優に熱を上げていて、ありとあらゆるレンタルビデオ店を、会員証を持っていた弟と一緒に回って、集めた中の一部だからなのかもしれない。

意味がない、と判断されることは世の中にいろいろあるが、一度立ち止まってその基準を考えると、誰かのためになっているのか、ということが大きな意味を持っている気がする。


 家族のために、仲間のために、社会のために、あるいは自分のために。人間は意味を求めたがる。

 だが、その意味が必ずしも理解されるとは限らない。外から見ると分かりづらくておかしな人に見られる、ということは多々ある。

先日私が遭遇した少年も、そういった人間の内の一人に分類されると思う。


 あの晩、私は顔に当たる冷たい風を感じながら一人で河川敷を歩いていた。月が出ていて、暗くは無かった。

 でも、得体のしれない怪奇的な薄気味悪さをずっと感じていた。

パン、パン、と音がするのだ。

 その音は私が歩を進める度に、大きくなっていた。つまり音の源に段々近づいているということだった。一応携帯のライトをつけ、真ん中から道の端っこに寄った。


 音は鳴りやまない。同じぐらいの間隔でずっと続いている。

 曲がり道を抜けると、私の背丈以上もある草の群れから一人の少年が現れた。彼は川に向かって何やら動作を行っていた。

 彼は手を叩いていて、音の主であることは明白だった。一度手を叩くたびに、背を曲げて川の流れを覗き込むようにしていた。だがその意味が私には分からなかった。

 人がいるとは思っていなかったので、私はつい少年に声をかけた。彼がある程度歳をとっていたら何をしでかすか分からない、狂った感じを感じ取っていたと思うが、そこまでではなかった。


「あのさあ、君何してんの?」

「うわあああ」


 少年はぴょんと跳ねて、間抜けな声を上げた。草が揺れて、ざざという音が立った。

「びっくりしましたよもう!」


 こちらを振り向いた彼の顔は恐れ半分、怒り半分といったところだった。月明りに照らされて、幼い感じだということが分かった。

 彼は一瞬幽霊かお化けの類と勘違いしてしまうほど、細くて折れてしまいそうな見た目をしていた。人気のない深夜の河原という状況も相まって、やっぱり見なかったことにしてしまおうかと思ったぐらいである。

「全然気づいてなかったの、人気もないしもうちょっと周りに気を払った方がいいと思うんだけど」

「周りを気にする神経がもしあるなら、僕は今家のベッドで学校に備えて寝ていますよ」

 確かにそうか、と私は納得してしまった。

 半袖半ズボン、という恰好では虫に咬まれやすいだろうに。



「もう一回言うけど、何してたの?」


 彼は逡巡するような表情を見せ、こう言った。


「当ててみてください」

「当ててみて、かあ・・・」


 私は思わず唸ってしまった。最近の子供は自尊心が強いのだろうか?人より目立つ個性がもてはやされる昨今は、人より頭一つ飛び出ないことが大切だった頃とは随分様変わりしているのか。


「私さあ、ここでやることがあるんだよね、だから君にどっか行っててもらいたいんだけど」

「嫌です、先にこの場所取ったのは僕なんで。お花見でもなんでもそうでしょう?」


 随分楽しそうな顔をしていたので、遊びに付き合うのも悪くないような気がした。どうせ私も急ぎではないのだ。酷く強引に邪魔されたわけでもないし、少しぐらい待ってくれるだろう。


「じゃあ、正解を言い当てれたら私にその場所を譲って?」

「オーケーです」


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